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兵士の話
歌声が聞こえる。
どうしてこうなったのだろう。
俺は今、少年に銃口を向けている。
少年は生気のない虚ろな目をして、ラジオに合わせてうわ言のように歌い続けている。
明らかに戦闘員ではない少年に、壊れた人形のように歌を呟くだけの少年に、銃を向けている自分は正気なのだろうか。──もうお互い狂っているのではないか。
少年の歌声が耳に届く。
(あぁ、この歌は母がよく歌っていた歌だ)
母の顔が脳裏をよぎった。母と最後に話したのはいつだっただろうか。
*
あれは約一ヶ月前。俺たちは上官から、大規模な軍事演習を行うと告げられた。演習中は自由がなくなる。だから皆、街へ飲みに行ったり、家族に電話をしたりしていた。俺も、家に電話をかけた。
「はい? どちら様?」
電話を取ったのは母だった。
「あぁ、俺だよ。しばらく連絡できなくなるから、電話しておこうと思って」
「そうなの? まぁまぁ、大変ねぇ」
「そうだな。でも、徴兵期間もあと一年で終わりだよ。終わったら、少しゆっくりしようと思うよ」
「あら、いいわね。そうだわ! 家族皆で旅行に行きましょうよ! 母さん、久しぶりに兄さんに会いたいわぁ」
「それは母さんの希望だろう?」
俺は思わず苦笑してしまった。
「あら!? アンタだって久しぶりに伯父さんや従兄に会いたいでしょう?」
母は隣国の出身だ。だから、当然、母の兄である伯父さんや従兄は隣国に住んでいて頻繁には会えない。それでも母は、毎年一度は故郷へ帰っていた。しかし俺が徴兵されてからは、俺からいつ連絡があってもいいようにと帰っていない。
「そうだな。伯父さんの髪があるうちに会いにいかないと、誰だか分からなくなるしな」
少しだけ母に申し訳なく思い、軽口を混じえて母の提案を肯定した。
「フフン、フフン、フ〜フン♪」
母が上機嫌にリズムをとりだした。
「母さん、また歌ってる」
俺が笑いながら指摘する。
「母さん、小さい頃から何かある時は、必ずこの歌を歌ってたのよ。嬉しい時も悲しい時も、いつでも。この歌は母さんの故郷であって、人生みたいなものなのよ」
「知ってる(笑)」
俺と母は笑いあった。母は軽い口調で話していたが、母にとって大切な歌だということはよく知っている。
「連絡取れるようになったら、また電話するよ。父さんにもよろしく言っといて」
「わかったわ。体に気をつけるのよ。電話、待ってるからね」
いつも通り、母の優しさを感じながら電話を切った。
*
軍事演習の日、整列していた俺達に上官が声を張り上げた。
「これより、我が部隊は特別軍事作戦に参加する」
(えっ!? 演習じゃないのか?!)
驚いたが、動揺を表に出せば殴られる。俺は無表情で「イエッサー」と叫んだ。
装甲車で移動中に今回の作戦が伝えられた。俺達が向う場所は、奇しくも母さんの故郷だった。
(──あぁ、まさか)
俺は伯父さんや従兄に銃を向けるのか。
そんな俺を母さんはどう思うだろうか。
これは仕方のないこと。でも、吐き気がこみ上げてくるほどの罪悪感に襲われる。
(俺が着く前に、作戦が中止にならないだろうか)
俺は強く願ったが、それは叶わず戦闘が開始された。
砲撃する度に、銃を向ける度に、心が冷え、頭が思考を停止していく。気づいたら、罪悪感も何も感じなくなっていった。
*
無惨に破壊した街を歩いていると、歌声が聞こえてきた。俺は条件反射で銃を向け、叫ぶ。
「止まれっ‼」
そこには一人の少年が、虚ろな目をして立っていた。少年の歌声が耳に届く。
(あぁ、この歌は母がよく歌っていた歌だ)
母の顔が脳裏をよぎる。
(母さんの大切な故郷が…………)
停止していた頭が、失っていた感情が、歌声によって揺さぶられる。
(あぁ、ごめん、ごめん、ごめん…………)
俺は無言で銃を下ろした。
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