少年の話

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 駅までは父さんも一緒に行ってくれた。  道すがら、線路はまだ損傷を受けていないので、電車で移動ができると父さんが話してくれた。昨晩、市役所で聞いたそうだ。そして、予備役である父さんの招集も告げられたという。今日、父さんは軍へ合流すると。  街中は暗く重い空気が漂っていた。街を行き交う人々は、皆大きな荷物を持っている。僕たちと同じ様に避難するのだろう。 (あ、友達の家が……)  友達の住むアパートメントの半分が崩れ、無惨に瓦礫と化しているのが見えた。公園には大きな穴が空き、商店街の一部も黒く焼け落ちている。  10分ほど歩き、駅へと続く大通りへと出た時だった。  ゥ゙〜〜〜!ゥ゙〜〜〜!  街中にサイレンが鳴り響いた。 「攻撃だ! 早くこっちに!!」  父さんが叫び、僕たちは慌てて近くの建物の中に飛び込むと、すぐにドーンという音が響いてきた。死ぬかもしれないと思うと、体が震え、奥歯がガチガチと音を鳴らす。そんな僕を無言で母さんが抱きしめてくれた。でも、母さんも小さく震えている。 (皆、怖いんだ)  音は間を空けて3回ほど聞こえ、その後静かになった。  僕たちは暫くじっとしていたが、外で人の声が聞こえてきたので、恐る恐る外へ出た。   通りは怒号や泣き叫ぶ声で溢れ、混乱していた。 「駅がやられた! 生き埋めになっている人たちがいるんだ! 助けてくれ!!」  誰かの叫び声が聞こえた。駅の方へと視線を移すと黒煙が上がっている。 「先に家に戻ってなさい。父さんは助けにいくから」  そう言い残し、父さんが駅へと走っていった。  母さんと僕は無言で父さんを見送った。でも、父さんが見えなくなっても母さんは駅の方向を見つめたまま動かない。 「母さん?」  母さんの顔を覗き込むと、母さんは感情が抜け落ちたかのように呆然としていた。暫くして、母さんが繋いだ手にギュッと力を入れ、呟いた。 「帰ろう」 「うん」  僕たちは無言で家へと帰った。  けたたましい音をたてながら、救急車が何台も通り過ぎていった。 *  家で昼食をとっていると、父さんが帰ってきた。 「父さん!」  安堵と嬉しさから、父さんに飛びついた。そんな僕を軽々と抱きとめ「ただいま」と穏やかな声を響かせた。  どうやら先程の攻撃で線路がやられ、今は電車での移動ができないらしい。 「電車が動く駅まで臨時のバスが出るそうだ」  父さんが母さんに告げる。 「すぐじゃないが、明日までには運行が開始されるはずだ。なるべく早く避難してくれ」  父さんは少し語気を強めた。 「えぇ、そうね……」  先程の攻撃を目の当たりにして、母さんも早く避難すべきだと感じたのだろう。静かに同意する。 「俺は今日、予定通り軍に合流する。本当はお前たちの避難を見届けてから行くつもりだったが……本当にすまない……」 「仕方ないわ……こんな状況ですもの」  父さんも母さんも声が沈んでいた。 「デマも多いから、情報の真偽は市役所で確認するんだ」 「わかったわ……さぁ、あなたもごはんを食べましょう!」  母さんが笑顔で父さんに食事を進めた。でも、僕には母さんの顔が泣いているように見えた。 *  食事を終えると、父さんが僕を真っ直ぐに見つめ話し始めた。 「父さんはもう行かないといけない。父さんの代わりに母さんを助けてあげてくれ」  いつにない真剣な声色に、背筋が伸びる。 「わかったよ…………父さんは、帰ってくるんだよね?」 「……あぁ、もちろんだよ」  一瞬、父さんが返事に詰まった気がした。  父さんは小さな荷物を持ち、行ってしまった。  出て行く前に、僕と母さんをぎゅうぎゅうに抱きしめ、何度も何度も「きっと大丈夫」と呟いて。 *  その後、僕と母さんは何度も避難を試みた。しかし、その度に問題が起き、避難できないまま時間だけが過ぎていった。  そして一昨日、食料と情報を得るために母さんが出ていった後、近くで激しい砲撃の音が響いた。僕は頭から毛布を被り、地下室の隅に蹲った。恐怖と心細さから震えが止まらない。  暫くして砲撃は止んだものの、次は恐ろしいくらいの静寂に包まれた。僕は、ただただ、自分自身を抱きしめて耐えることしか出来ない。 (母さん、母さん、母さん)  母を想い、涙が溢れてきた。 (早く帰ってきて!)  しかし、いくら待っても母さんは帰って来なかった。 *  食料も殆どない薄暗い地下室で、独りラジオのダイヤルを回した。静寂が恐かった。独りが恐かった。 ザッ……ザァー  意味を成さない音が虚しく響く。それでも僕はダイヤルを回し続けた。どのくらいダイヤルを回していただろう。ラジオから人の声が聞こえてきた。 (──女の人の歌声) (──この声、あの日に聞いた……)  まるであの川のように、歌声がうねりをもって迫ってくる。 (川は、今もいつも通り流れているのかな)  僕は立ち上がった。 (川を見たい。すべてが変わってしまったこの世界で、何も変わらない川を見たい)  そんな衝動から僕は外に出た。ラジオを持ち、歌いながら。  外には灰色の世界が広がっていた。殆どの建物は壁の一部を残し崩れ落ち、青々とした緑の葉っぱを茂らせていた街路樹は焦げ、庭に植えられていた色とりどりの花も泥に埋もれ、見るも無惨な状態。  でも僕は何も感じない。ただ、静かに歌を口ずさむ。 ──カチャ 「止まれっ‼」  無機質な音と共に声が聞こえた。声の方を見ると、迷彩柄の軍服姿の青年が、僕に銃口を向け立っていた。
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