絵の女

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「初めまして! 松谷先生にお会い出来るなんて光栄です!」  いかにも心の籠っていない、お愛想まるだしの挨拶。おそらく私の代表作など知りもしないだろう、目の前の青年が握手を求めてきた、私は力無く応じてやった。 「小滝音次郎くん、だったっけね? 聞いていると思うけど、私にはもうあまり時間が残されてないんだよ。無駄な時間は使わせないでね」  私は渡された名刺を仕舞い込みながら、早口で告げた。 「ええ、その点は期待してくだすって大丈夫だと思いますよ」  青年はニコニコしながら言った。今度は愛想笑いではなかった。  ちらと見ただけだが、名刺の肩書欄には〝物書き〟と記されていた。なんとも大雑把な言い様である。人を喰った男だ。 「に詳しいって聞いたんだけど?」 「ええ、ええ、まあ。趣味レベルですけどね」  この男も知人の紹介だった。 『ああ、なら、うってつけの奴を知ってますよ』  その知人はこう言った。 「ああ、あの、報酬なんかは結構ですから……。実を言うと、僕にとってはこういうことに関われるってだけで、もうお手当みたいなもので」 「その、なんだね、〝こういうこと〟とは?」  依頼者がこのような質問をするのは変だ、とわかってはいるのだが流石に我慢出来ず聞いてしまう。 「え? そりゃあ怪異ですよ」  きょとんとした顔。よく呑み込めていない私の様子を見て、小滝の目になにか興味本位の知的欲望のようなものが閃くのが見て取れた。  不快である。このような胡乱な男に珍獣扱いされているのかと思うと、頭の中がカッと赤一色で染められそうな気分だ。  何もかもどうでもよくなり、破滅的な衝動に身を任せたくなる。 「僕は、怪談っていうか、怪異っていうか、簡単に説明のつかないような不思議な話を集めてるんです。まあ、仕事やお金には全然結びつかなくて、だから趣味なんですけどね」  小滝は気持ち良さそうに喋っている。喋りながら、私の渡した絵を開いた。 「早速ですけど、この絵の女、これって多分人間じゃないと思うんですよねえ」 「なに?」 「近年……って言っても、明治末・大正辺りからですが、急に目撃証言が多発し始める怪異があるんですけど、おそらくその類じゃないかな」 「続けたまえ」  私は震える手を懸命に抑えた。
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