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綿々と連なる山に沿い、うねうねと蛇行する線路に揺られ、私はその駅に降り立った。
谷のように深いところを流れている川向うにちらほらと民家が見えるだけで、とても町とは呼べないような場所だが、一応ここいらは行政区分的には〝町〟である。
覚えのあるような無いような。私は無人駅の改札を通りながら忙しく脳を働かせていた。
「やめときなせえよ。あんなところに行ったってなんにもありゃしません」
道端で会った農夫に、開口一番こう言われた。
私の探している〝あの川縁〟は勿論ここではない。ここから山に入り、目の前の川でいえばもっと上流に向かわなければならないらしい。
ちょうど駅前を通りかかったこの年老いた農夫にこれ幸いと事情を話し、知っていることはないか? と訊ねてみたのである。
「むかーし、村があったよ、あそこに。でも今はもう誰も住んでないの」
「その、別にそういう情報は求めてないんですよね」
私は農夫の口調に、なんとなく反発を覚えていた。うんざりしたような、人に倦んだような調子。こんな田舎に住んでおきながら、なんだそれは。
それは、それは私の取るべき態度なんだ、本当は。
農夫は、さりげなく身を引きながらジロジロと私を上から下まで見回した。そっと腰の鎌に手を伸ばすのを私は見逃さなかった。
「あんた、あれかね……川かね? 目的は」
「ええ。まあ」
「川っぺりの……千引の床に行きたいのかね」
「血引き?」
どうやらこの男は何か知っているらしい。
「いやいや……じゃあいいよ、もう止めないよ俺は。好きに行きなよ」
農夫は細かく私に道を説いてくれた。途中まで車で行けるらしいが、バスなどは通っていない。どのみち歩いて行くつもりなので別に構わない。
「この川だけど、上流の方はもっと険しくなるよ。気をつけなせえ」
気遣ってくれた農夫に礼を言い、私はいよいよその場所に足を向けた。
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