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「梨乃さんは同じカクテルでいいですか? それとも違うカクテルにします?」
「あっ、同じのでいいよ。ありがとう」
ふいに声をかけられ、心臓がドクン──と跳ね上がる。
そんな私の緊張なんて全く知らない川嶋さんは、「じゃあ同じカクテルを注文しますね」とニコッと微笑むと店のスタッフを呼んだ。
「じゃあ、改めまして。お疲れさまでーす。かんぱーい!」
注文したお酒が運ばれてきたところで川嶋さんがみんなを盛り上げるように仕切り、四人でグラスを合わせて乾杯をする。私はカチン──とグラスを合わせながら二人に気づかれないように一瞬だけ哲也さんの方へ視線を向けた。
だけど哲也さんは笑顔で乾杯はしたものの全く私とは視線を合わせてはくれなかった。付き合っていることを秘密にしているためだとはわかってはいるけれど、川嶋さんとは楽しそうに話をしているというのに、私との対応の違いに小さな嫉妬心が芽生えそうになる。
沢村課長は自分の彼女が他の男性とあんなに楽しそうに話をしていても気にならないのだろうか?
それとなく横目で様子を窺うと、特に川嶋さんを気にする風でもなく、水槽に視線を向けたまま静かにビールの入ったグラスを口に運んでいた。
気持ちに余裕があるのか、私とは違う大人な振舞いに、後輩に嫉妬してしまう自分の心の小ささが情けなく思えてしまう。私も沢村課長を見習うべく、気持ちを切り替えることにした。そして、川嶋さんよりも先に沢村課長に声をかけるのは気が引けたのだけれど、このまま無言でいるのもどうかと思い、なるべく自然な態度で声をかけてみた。
「お店の中にこんな大きな水槽があるってすごいですよね。入った瞬間、びっくりしちゃいました」
コトンとグラスを置いた沢村課長が、愛想程度に頬を緩ませ、チラッと私を見る。
「ああ、珍しいよな。ウミガメまでいたとはびっくりした」
ウミガメですか──?と水槽に視線を向けると、「あそこ」と小さく指を差して教えてくれた。全く気づかなかったけど、大きなウミガメが水槽の中を優雅に泳いでいる。
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