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「私としばらく付き合っていることにしてもらえませんか」
言葉を発した途端、目の前にいる男性の瞳が一瞬だけ大きくなった。 涼しげな切れ長の目元が鋭くなり、怪訝そうな表情で私の顔をじっと見つめる。
だけど、彼がこのような表情をするのは想定内だ。
「どういうことだ? 君と付き合う? さっきはそんなこと言ってなかったよな?」
「本当に付き合うわけではありません。対外的に……ということです」
対外的に──。
この言葉で頭の良い彼は私の意図を察してくれたようだ。
鋭い視線が少しだけ緩和され、今度は探るような視線を向けてきた。
「もしかしてあいつ……、樋口への復讐のためか?」
さすが将来有望と期待され、敏腕課長と言われているだけあって、的確に私の意図を突いてくる。
「はい。私が沢村課長と付き合い始めたと知ったら、樋口課長はかなり苛立つでしょうし、私から沢村課長へ自分の情報が流れると考え、嫌悪感を抱くと思います。ですが沢村課長にとっても損なお話ではないと思います。喬木社長の手前、沢村課長もしばらくは私と付き合っていることにしていた方が都合がいいのではないでしょうか?」
できることならこんなことは言いたくなかったけれど、彼に受け入れてもらうためには仕方がない。
「しばらく付き合っているフリをしていただいたあと、折を見て私の方から喬木社長へ沢村課長とお別れすることになったとお伝えするつもりです。沢村課長には決してご迷惑はおかけいたしません」
腕を組んでじっと私の顔を見つめていた彼は、考えるように視線を落とし、そしてもう一度私に顔を向けた。
「わかった。悪くない話だな。君と恋人のフリをすればいいんだな。その代わり、期間は俺に決めさせてほしい。それが条件だ。その間、俺が樋口への復讐を手伝ってやるよ」
「では、契約成立……ということでよろしいですか?」
自分では気づかなかったけれど、かなり緊張していたのか心臓がドクドクと鼓動を重ねている。気を抜いたら震えてしまいそうだ。私はその緊張を彼に悟られないように、膝の上で重ねてあった両手を力いっぱいぎゅっと握った。
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