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「梨乃さん、お疲れさまです」
振り返った先に立っていたのは、同じ秘書室の同僚で一番仲の良い川嶋さんだった。片手にコートとバッグを持ち、タック入りの白いブラウスとくすみ系のピンクのフレアスカートのフェミニンなコーデは、まるで人気のファッション雑誌に掲載されているモデルのようだ。
にこっと向けられる笑顔と、尋ねるように首を傾げる仕草が、内巻きにしたワンレンミディアムな髪型と相まって、女性の私から見ても色っぽく感じてしまう。
「これから一緒に飲みに行きませんか?」
そんな誘いを受けるとは全く思っていなかったので、言葉を発するのに一瞬間を置いてしまった。しかもちょうど哲也さんに連絡を入れようとしていたこともあって、焦ってしまう。
「えっ、これから?」
少し驚いたような声と目を瞠った私の反応を見て川嶋さんは何かを感じ取ったのだろう。
川嶋さんの視線が私の顔と手に持っているスマホを行ったり来たりしている。
「少しだけどうかなって思ったんですけど……。ひょっとして今から誰かと約束とか?」
少し眉を顰めて窺うように顔を覗きこまれ、私は慌てて小刻みに首を横に振りながら否定した。
「ううん、違うよ。そうじゃなくて、ちょうど帰ろうかなと思ってスマホで電車の時間を確認してたとこだったから……」
もしかして表情に出てしまっていただろうか?
内心不安になりながらも、私はこれ以上詮索されないように平静を装い、川嶋さんに向けてにっこりと大きく頷いた。
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