1.契約成立

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1.契約成立

まだ冬の寒さは感じるものの、季節が少しずつ春へと向かい始めた一月最終週の土曜日。 都内でも憧れの高級ホテルと名高いこのロビーラウンジでは、いつにも増して多くの女性客で賑わっていた。 というのも、今年も季節限定のストロベリーアフタヌーンティーが始まったからだ。 ヨーロッパの雰囲気を漂わせるようなエレガントな空間の中での本格的な英国スタイルのアフタヌーンティーは、毎年予約が取りづらいと言われるほど大人気のようで、周りを見渡すとほとんどのテーブルの上には真っ赤な苺で彩られた華やかな3段スタンドが置かれており、香りのよいお茶や美味しいスイーツと共に楽しそうな会話や笑顔が溢れている。また、ガラス張りの大きな窓からは、都内とは思えないような自然豊かな素敵な庭園が見え、非日常的な優雅な時間が過ごせるというのも、このアフタヌーンティーが人気の理由だ。 そんな中、私たちのテーブルの上にはシンプルなデザインのコーヒーカップが2客だけ。 お互い楽しそうに会話をしているわけでもなく、周りからはかなり浮いている状態だ。 しかも相手は男性で、少しの乱れもない上質なスーツ姿。 そして私はウエストにリボンがついた淡いブルーの無地のワンピース。 私もアフタヌーンティーで来たかったな……。 男性とではなく仲の良い友人と来ていたなら、私もきっと周りの女性たちと同じように笑顔に溢れていたことだろう。甘い香りのする華やかな3段スタンドに心惹かれながら、目の前の男性に気づかれないように小さく息を吐く。おそらく周りの人たちは私たちの服装と雰囲気から見て、これはデートではなくお見合いをしていると感じているはずだ。 そうだよね。やっぱり気になるよね。 なんだか公開処刑の気分……。 ゆったりとした時間が流れる中でなんとなく居心地が悪いと感じてしまうのは、若い女性の視線をチラチラと感じてしまうからだろう。 だけどそれはお見合いに興味があるのではなく、目の前の彼の容姿に興味があるからに違いない。こんな整った顔立ちの男性がお見合い相手でうらやましいとでも思われているのだろうか。 そんな視線を感じつつ、私はこれから口にする言葉を頭の中で復唱すると、大きく深呼吸をした。 そのまま目の前の男性に真剣な表情を向ける。 そして周りの人たちに聞こえないよう配慮しながら口を開いた。
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