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「…さて、どこから、話していいものか?…」
病室の中に、入って、全員がソファに座ると、和子が、ゆっくりと、切り出した…
すると、
「…五井長井家ですよ…叔母様…」
と、伸明が、言った…
「…そうそう…五井長井家ね…」
和子が、応じる…
「…五井長井家が、力をつける…これは、五井としては、嬉しいことだけれども、その結果、五井の順列が、崩れるのは、困る…」
和子が、漏らす…
「…五井の順列?…」
私は、聞いた…
聞かざるを得なかった…
「…要するに、身分ね…」
和子が、笑う…
「…昔の言葉で、言えば、家格…」
「…家格?…」
思わず、聞いた…
「…家の格式ね…江戸時代で言えば、徳川将軍家とか、徳川御三家とか…」
和子が、笑う…
「…五井は、本家が、一番で、東西南北の4家が、それに、次ぐ地位…そして、その下に他の分家がある…」
「…」
「…それが、五井の格式…五井の家格…」
「…」
「…そして、五井の現実は、連合体…」
「…連合体?…」
「…ヤクザでは、ないけれども、本家の下につく、それぞれの分家が、それぞれ五井の会社の株を保有している…」
「…」
「…もちろん、本家も、所有しているし、五井全体として、保有している会社もある…そして、それが、五井の強みとも、弱みとも、言える…」
「…どうして、強みとも、弱みとも、言えるんですか?…」
「…各分家が、それぞれ、自分たちの会社を、持っている…だから、本家とか、分家とかの区別なく、自分たちの裁量で、会社を経営できる…だからこそ、やりがいがある…だから、それが、強み…」
「…」
「…同時に、各分家が、それぞれ、会社を持つことにより、一族の団結が、削がれる…自分たちだけで、会社を経営できるから、同じ五井一族としての団結心がなくなる…それが、弱み…」
「…」
「…そして、五井本家は、徳川将軍家と同じ…五井の盟主…だから、どんなことを、しても、五井の一族としての団結心を壊すわけには、いかない…それが、壊れれば、五井として、機能しなくなる…」
和子が、言った…
五井の女帝が、言った…
そして、それは、和子の告白を聞くまでもなく、私も知っていた…
この私、寿綾乃も、知っていた…
だから、別段、驚くほどのことでもなかった…
そして、私が、そんなことを、思っていると、
「…今回の件は、偶然だったのよ…」
と、和子が、言った…
それは、誰にでもない、私に向かって言っていた…
私は、驚いた…
まさか、和子が、私に対して言っているとは、夢にも、思わなかったからだ…
だから、驚いた…
が、
考えてみれば、当たり前だった…
この和子は、この病室で、ナオキと伸明といた…
だから、ナオキと伸明に、今さら、説明するとは、思えない…
だから、説明する相手と言えば、この私と、菊池リンのどちらか…
そして、菊池リンは、和子の孫…
つまり、和子の身内だ…
だから、今さらというか…
菊池リンは、なにより、五井の内情に、精通しているからだ…
それゆえ、菊池リンに今さら、説明する必要はない…
だから、冷静に考えれば、和子が、説明する相手は、私以外にいなかった…
私、寿綾乃以外、いなかった…
それゆえ、それに、気付いた私は、
「…偶然?…」
と、和子の言葉を繰り返した…
すると、和子もまた、おうむ返しに、
「…そう、偶然…」
と、私の言葉を繰り返した…
すると、今度は、ナオキが、私と和子の会話に割って入った…
「…すべては、綾乃さんが、オーストラリアに治療に、行ってからだ…」
と、ナオキが、続けた…
「…私が、オーストラリアに行ってから? …どういう意味?…」
「…正直、綾乃さんが、いなくなって、ボクの心に、ポッカリと穴が開いたというか…」
「…」
「…それ以前にも、ジュンが、綾乃さんを轢き殺そうとして、逮捕されたのも、衝撃だったし、ジュンが、ボクの子供でないと知ったのも、ショックだった…」
「…」
「…とにかく、この一年、色々あり過ぎた…」
ナオキが、心底、疲れた様子で、言った…
事実、ナオキの顔には、苦悩の表情が現れていた…
ハッキリと、現れていた…
そして、それは、私もまた見たことのない、ナオキの表情だった…
これまで、15年付き合ってきて、見たことのない表情だった…
もちろん、仕事に疲れて、疲れ切った表情のナオキの顔を見たことは、数え切れないほど、ある…
が、
こんなにも、苦悩したナオキの表情は、見たことがなかった…
カラダの疲れではなく、精神的な疲労が、その顔には、現れていた…
誰が、見ても、ハッキリと現れていた…
そして、今度は、伸明が、
「…そんな状態の藤原さんと、ボクは、親しく付き合うようになって…」
と、続けた…
「…寿さんが、いなくなって、藤原さんは、疲れ切っていた…それで、よく、いっしょに酒を飲むようになって…」
「…いっしょに、お酒を?…」
「…ハイ…それ以前にも、ボクと藤原さんは、時々、いっしょに酒を飲みました…それは、寿さんも、ご存じのはず…」
…たしかに、言われてみれば、そうだった…
…なにより、この二人は、ウマがあった…
…傍から見ても、二人は、似ている…
…共に、長身のイケメン…
…また、性格も似ていた…
…いわゆる、オタク気質(苦笑)…
…性格も、おとなしく、イケイケとは、真逆の性格…
それゆえ、二人が、気が合うのは、傍から見ていても、わかった…
「…そんなときでした…」
伸明が、突然、言った…
「…藤原さんが、会社の業績が、思わしくないと、ボクに、告白したんです…」
「…エッ?…」
私は、言った…
そして、それから、ナオキを見た…
近くに、座っている藤原ナオキを見た…
ナオキは、黙って、頷いた…
その通りだと、いうように、頷いた…
「…そして、最初は、藤原さんの話を聞くだけだったんですが、そのうちに、藤原さんには、大変失礼だったのですが、うちの…五井の気心の知れた社員を、藤原さんの会社に、派遣して、具体的な状況を調べさせました…」
「…具体的な状況?…」
私は、言った…
「…ハイ…ですが、それが、いけなかった…」
「…どうして、いけなかったんですか?…」
「…藤原さんの会社が、持つ、いわゆる、不動産事業…これに、ボクの派遣した社員が、気付き、その価値に、驚いたんです…」
「…その価値に驚いた…」
「…いわゆる、再開発です…小田急線の伊勢原という場所に、小田急線の車両基地を作る…そうなれば、その周辺の不動産価格は、飛躍的に上昇する…そして、その周辺の土地を藤原さんの会社が、大量に、保有していたんです…」
伸明が、言う…
私は、それを、聞いて、思い出した…
たしか、その土地を、五井の本家と、分家の五井長井家と、取り合いになって、本家の方が、素早く、動いて、FK興産の株を、ナオキから、半分、取得したことを、思い出した…
だから、
「…五井本家と、五井長井家が、その土地を巡って、対立したんでしたっけ?…」
と、言った…
すると、伸明が、目を丸くした…
「…そこまで、ご存じだったんですか?…」
と、目を丸くして、驚いた…
私は、無言だった…
「…」
と、無言だった…
あえて、答えなかった…
その方が、良いと、思ったからだ…
部外者の私が、これ以上、口を、挟んでは、いけないと、思ったからだ…
また、なにより、そんな、五井の内部事情に、私が、精通していることも、また、おかしいと、思ったからだ…
部外者の私が、精通しているのも、おかしいと、思ったからだ…
それが、いかにも、知ったかぶりに、言うのも、おかしいと、思ったからだ…
だから、あえて、頷くだけにした…
そして、そんな私の態度を伸明が、どう思ったのか、わからないが、話を続けた…
「…そして、その価値に気付いた、五井の社員が、ボクに、報告したんですが、なぜか、その情報が、五井長井家に、洩れた…」
「…エッ? …洩れた?…」
「…正直、誰が、その情報を洩らしたのか、ボクには、わからなかった…ただ、気が付くと、五井長井家もまた、その土地を狙っていることが、わかった…」
伸明が、苦渋の表情を浮かべる…
すると、
「…これが、五井の弱点…」
と、和子が、言った…
私は、
「…弱点? …どうして、弱点なんですか?…」
と、聞いた…
当たり前だった…
「…五井は、さっきも、言ったように、連合体…ちょうど、ヤクザが、それぞれ、傘下の組を持つように、分家たちが、それぞれ会社を持つ…だから、ヤクザで言えば、シマではないけれども、ときに、各分家同士、いえ、本家も含めて、五井内部で、それぞれ、利害が、ぶつかり合う場面が、起きる…つまり、今度のように、伊勢原の再開発を気付いた者が、その周辺の土地を大量に、買い上げようと思う…そうすれば、伊勢原に小田急の車両基地が、できれば、その周辺の土地が上がる…それを、見越して、先に、土地を買い上げようと思う…」
「…」
「…もちろん、五井以外も、土地を買い上げようとする業者は、いるけれども、五井のように、連合体だと、五井内部で、バッティングする場面も多いということ…」
「…」
「…今回は、もろに、バッティングした…かちあった…」
和子が、苦笑する…
「…それで、叔母さまと相談して、藤原さんの会社、FK興産の株の半分を、藤原さんから、譲って、もらうことにしたんです…五井長井家も、狙っていましたから…」
伸明が、打ち明ける…
が、
私は、疑問があった…
その話では、どうして、五井長井家が、本家の動きを知ったのか、それが、わからない…
なにより、なぜ、菊池リンが、裏切り者なのか?
それも、わからない…
簡単に考えれば、この菊池リンが、本家の動きを、五井長井家に洩らしていた…
だから、和子が、
…裏切り者…
と、呼んだ…
そう、考えるのが、自然というか…
そう、考えるのが、正しいと思う…
が、
今一つ、わからない…
なぜなら、本家と五井長井家では、立場が、違う…
当たり前だが、本家の方が、家格が上…
まして、菊池リンは、五井東家出身で、祖母の和子は、五井の女帝として、君臨している…
それなのに、家格が下の長井家に情報を洩らすものだろうか?
甚だ、疑問だった…
なにか、ある…
当たり前だが、そう、気付いた…
<続く>
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