伸明 26

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「…さて、どこから、話していいものか?…」  病室の中に、入って、全員がソファに座ると、和子が、ゆっくりと、切り出した…  すると、  「…五井長井家ですよ…叔母様…」  と、伸明が、言った…  「…そうそう…五井長井家ね…」  和子が、応じる…  「…五井長井家が、力をつける…これは、五井としては、嬉しいことだけれども、その結果、五井の順列が、崩れるのは、困る…」  和子が、漏らす…  「…五井の順列?…」    私は、聞いた…  聞かざるを得なかった…  「…要するに、身分ね…」  和子が、笑う…  「…昔の言葉で、言えば、家格…」  「…家格?…」  思わず、聞いた…  「…家の格式ね…江戸時代で言えば、徳川将軍家とか、徳川御三家とか…」  和子が、笑う…  「…五井は、本家が、一番で、東西南北の4家が、それに、次ぐ地位…そして、その下に他の分家がある…」  「…」  「…それが、五井の格式…五井の家格…」  「…」  「…そして、五井の現実は、連合体…」  「…連合体?…」  「…ヤクザでは、ないけれども、本家の下につく、それぞれの分家が、それぞれ五井の会社の株を保有している…」  「…」  「…もちろん、本家も、所有しているし、五井全体として、保有している会社もある…そして、それが、五井の強みとも、弱みとも、言える…」  「…どうして、強みとも、弱みとも、言えるんですか?…」  「…各分家が、それぞれ、自分たちの会社を、持っている…だから、本家とか、分家とかの区別なく、自分たちの裁量で、会社を経営できる…だからこそ、やりがいがある…だから、それが、強み…」  「…」  「…同時に、各分家が、それぞれ、会社を持つことにより、一族の団結が、削がれる…自分たちだけで、会社を経営できるから、同じ五井一族としての団結心がなくなる…それが、弱み…」  「…」  「…そして、五井本家は、徳川将軍家と同じ…五井の盟主…だから、どんなことを、しても、五井の一族としての団結心を壊すわけには、いかない…それが、壊れれば、五井として、機能しなくなる…」  和子が、言った…  五井の女帝が、言った…  そして、それは、和子の告白を聞くまでもなく、私も知っていた…  この私、寿綾乃も、知っていた…  だから、別段、驚くほどのことでもなかった…  そして、私が、そんなことを、思っていると、  「…今回の件は、偶然だったのよ…」  と、和子が、言った…  それは、誰にでもない、私に向かって言っていた…  私は、驚いた…  まさか、和子が、私に対して言っているとは、夢にも、思わなかったからだ…  だから、驚いた…  が、  考えてみれば、当たり前だった…  この和子は、この病室で、ナオキと伸明といた…  だから、ナオキと伸明に、今さら、説明するとは、思えない…  だから、説明する相手と言えば、この私と、菊池リンのどちらか…  そして、菊池リンは、和子の孫…  つまり、和子の身内だ…  だから、今さらというか…  菊池リンは、なにより、五井の内情に、精通しているからだ…  それゆえ、菊池リンに今さら、説明する必要はない…  だから、冷静に考えれば、和子が、説明する相手は、私以外にいなかった…  私、寿綾乃以外、いなかった…  それゆえ、それに、気付いた私は、  「…偶然?…」  と、和子の言葉を繰り返した…  すると、和子もまた、おうむ返しに、  「…そう、偶然…」  と、私の言葉を繰り返した…  すると、今度は、ナオキが、私と和子の会話に割って入った…  「…すべては、綾乃さんが、オーストラリアに治療に、行ってからだ…」  と、ナオキが、続けた…  「…私が、オーストラリアに行ってから? …どういう意味?…」  「…正直、綾乃さんが、いなくなって、ボクの心に、ポッカリと穴が開いたというか…」  「…」  「…それ以前にも、ジュンが、綾乃さんを轢き殺そうとして、逮捕されたのも、衝撃だったし、ジュンが、ボクの子供でないと知ったのも、ショックだった…」  「…」  「…とにかく、この一年、色々あり過ぎた…」  ナオキが、心底、疲れた様子で、言った…  事実、ナオキの顔には、苦悩の表情が現れていた…  ハッキリと、現れていた…  そして、それは、私もまた見たことのない、ナオキの表情だった…  これまで、15年付き合ってきて、見たことのない表情だった…  もちろん、仕事に疲れて、疲れ切った表情のナオキの顔を見たことは、数え切れないほど、ある…  が、  こんなにも、苦悩したナオキの表情は、見たことがなかった…  カラダの疲れではなく、精神的な疲労が、その顔には、現れていた…  誰が、見ても、ハッキリと現れていた…  そして、今度は、伸明が、  「…そんな状態の藤原さんと、ボクは、親しく付き合うようになって…」  と、続けた…  「…寿さんが、いなくなって、藤原さんは、疲れ切っていた…それで、よく、いっしょに酒を飲むようになって…」  「…いっしょに、お酒を?…」  「…ハイ…それ以前にも、ボクと藤原さんは、時々、いっしょに酒を飲みました…それは、寿さんも、ご存じのはず…」  …たしかに、言われてみれば、そうだった…  …なにより、この二人は、ウマがあった…  …傍から見ても、二人は、似ている…  …共に、長身のイケメン…  …また、性格も似ていた…  …いわゆる、オタク気質(苦笑)…  …性格も、おとなしく、イケイケとは、真逆の性格…  それゆえ、二人が、気が合うのは、傍から見ていても、わかった…  「…そんなときでした…」  伸明が、突然、言った…  「…藤原さんが、会社の業績が、思わしくないと、ボクに、告白したんです…」  「…エッ?…」  私は、言った…  そして、それから、ナオキを見た…  近くに、座っている藤原ナオキを見た…  ナオキは、黙って、頷いた…  その通りだと、いうように、頷いた…  「…そして、最初は、藤原さんの話を聞くだけだったんですが、そのうちに、藤原さんには、大変失礼だったのですが、うちの…五井の気心の知れた社員を、藤原さんの会社に、派遣して、具体的な状況を調べさせました…」  「…具体的な状況?…」  私は、言った…  「…ハイ…ですが、それが、いけなかった…」  「…どうして、いけなかったんですか?…」  「…藤原さんの会社が、持つ、いわゆる、不動産事業…これに、ボクの派遣した社員が、気付き、その価値に、驚いたんです…」  「…その価値に驚いた…」  「…いわゆる、再開発です…小田急線の伊勢原という場所に、小田急線の車両基地を作る…そうなれば、その周辺の不動産価格は、飛躍的に上昇する…そして、その周辺の土地を藤原さんの会社が、大量に、保有していたんです…」  伸明が、言う…  私は、それを、聞いて、思い出した…  たしか、その土地を、五井の本家と、分家の五井長井家と、取り合いになって、本家の方が、素早く、動いて、FK興産の株を、ナオキから、半分、取得したことを、思い出した…  だから、  「…五井本家と、五井長井家が、その土地を巡って、対立したんでしたっけ?…」  と、言った…  すると、伸明が、目を丸くした…  「…そこまで、ご存じだったんですか?…」  と、目を丸くして、驚いた…  私は、無言だった…  「…」  と、無言だった…  あえて、答えなかった…  その方が、良いと、思ったからだ…  部外者の私が、これ以上、口を、挟んでは、いけないと、思ったからだ…  また、なにより、そんな、五井の内部事情に、私が、精通していることも、また、おかしいと、思ったからだ…  部外者の私が、精通しているのも、おかしいと、思ったからだ…  それが、いかにも、知ったかぶりに、言うのも、おかしいと、思ったからだ…  だから、あえて、頷くだけにした…  そして、そんな私の態度を伸明が、どう思ったのか、わからないが、話を続けた…  「…そして、その価値に気付いた、五井の社員が、ボクに、報告したんですが、なぜか、その情報が、五井長井家に、洩れた…」  「…エッ? …洩れた?…」  「…正直、誰が、その情報を洩らしたのか、ボクには、わからなかった…ただ、気が付くと、五井長井家もまた、その土地を狙っていることが、わかった…」  伸明が、苦渋の表情を浮かべる…  すると、  「…これが、五井の弱点…」  と、和子が、言った…  私は、  「…弱点? …どうして、弱点なんですか?…」  と、聞いた…  当たり前だった…  「…五井は、さっきも、言ったように、連合体…ちょうど、ヤクザが、それぞれ、傘下の組を持つように、分家たちが、それぞれ会社を持つ…だから、ヤクザで言えば、シマではないけれども、ときに、各分家同士、いえ、本家も含めて、五井内部で、それぞれ、利害が、ぶつかり合う場面が、起きる…つまり、今度のように、伊勢原の再開発を気付いた者が、その周辺の土地を大量に、買い上げようと思う…そうすれば、伊勢原に小田急の車両基地が、できれば、その周辺の土地が上がる…それを、見越して、先に、土地を買い上げようと思う…」  「…」  「…もちろん、五井以外も、土地を買い上げようとする業者は、いるけれども、五井のように、連合体だと、五井内部で、バッティングする場面も多いということ…」  「…」  「…今回は、もろに、バッティングした…かちあった…」  和子が、苦笑する…  「…それで、叔母さまと相談して、藤原さんの会社、FK興産の株の半分を、藤原さんから、譲って、もらうことにしたんです…五井長井家も、狙っていましたから…」  伸明が、打ち明ける…  が、  私は、疑問があった…  その話では、どうして、五井長井家が、本家の動きを知ったのか、それが、わからない…  なにより、なぜ、菊池リンが、裏切り者なのか?  それも、わからない…  簡単に考えれば、この菊池リンが、本家の動きを、五井長井家に洩らしていた…  だから、和子が、  …裏切り者…  と、呼んだ…  そう、考えるのが、自然というか…  そう、考えるのが、正しいと思う…  が、  今一つ、わからない…  なぜなら、本家と五井長井家では、立場が、違う…  当たり前だが、本家の方が、家格が上…  まして、菊池リンは、五井東家出身で、祖母の和子は、五井の女帝として、君臨している…  それなのに、家格が下の長井家に情報を洩らすものだろうか?  甚だ、疑問だった…  なにか、ある…  当たり前だが、そう、気付いた…                <続く>
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