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その記憶の後が今のこの状況、ベッドの上だ。もう面倒くさいので、あのとき死んだのなら死んだままでもよかったが、わざわざ死に戻ったということは何か理由があるのかもしれない。
つまり、もしかしたらの話だが、生き残る選択肢があったのかもしれないと思うようになった。そうなってくると一番に考えられるのが、シェンブルとの婚約破棄。このまま婚約を続けて離宮に渡ってしまえば最期……かどうかはわからないが、ほぼ間違いなく同じ結末を迎えることになる。
なぜなら離宮の生活は、軟禁状態で変化のない生活だったため変えようがないのだ。小さなことで何か変わるのかもしれないが、ぎりぎりになってそんな不確かなことに心血を注ぐことはできない。それなら最初から婚約破棄して離宮行きを避けるべきだ。
エレンは人知れず、シェンブルとの婚約破棄を心に決めた。
「エレン様、シェンブル様がお見えです」
いつの間にか、ベッドのすぐ横にメリッサが立っていた。
「え?」
「申し訳ありません。言いそびれていたのですが、朝も昼も全く起きる気配がなかったので、エレン様が体調不良でお休みなっているとお伝えしていたのです。昼食はご一緒する予定になっていましたので」
「そうなのね、ありがとう。それでどうしてシェンブル様がお見えになるのかしら」
「心配でお顔を見にいらっしゃったということです」
エレンは目をぱちくりさせた。
「心配?」
「はい」
「私の心配ってこと?」
「はい」
エレンの記憶では、病気ごときで部屋を訪ねて来るような人物には思えなかった。
「シェンブル様ってそんな人だったかしら?」
「……恐れながら、大変お優しい方だと思いますが」
「私の記憶では、体調不良なんて気が緩んでる証拠だ、病は気から、王太子妃になるなら気持ちの管理くらいしっかりしとけよバカ野郎!みたいな人じゃなかったっけ?」
ただでさえ薄いメリッサの表情が、すんっと皆無になる。死んだ魚の濁ったような目で、まだベッドに腰掛けているエレンを見下ろした。
「……本気でおっしゃっていますか」
「ええ」
「やはり、頭を打ったかまだどこか調子がよくないのでしょう」
「どうして」
「全国民のアイドルである王太子様がそんな性格なら、ファンクラブも解散してしまいますよ」
え、ファンクラブあるの?と思ったがさすがに怖くて聞けなかった。
「心底エレン様のご病気を心配されています。お待たせするのも忍びないのでお通ししますね」
エレンの許可を待たずして、メリッサはドアの外に待つシェンブルを呼びに行った。その後ろ姿を見ながら、メリッサがファンクラブの会員ではないかと疑い始めていた。
「エレン、大丈夫か?」
その声は、今までエレンが聞いたことのないくらい甘いものだった。本当にシェンブルだろうか、と見上げて彼の顔を見ると本人で間違いない。後ろで控えている護衛騎士も、ジュード・フェイラーといって王太子専属だったのでよく覚えている。
「わざわざご足労いただき申し訳ありません。たっぷり睡眠を取りましたので、体調は問題ありません。少し疲れていたのでしょう」
「そうか。何かあったら遠慮せずに何でも言ってくれ。遠慮し合う仲でもないだろう?」
「……ありがとうございます」
本当にどうしてしまったのだろう。死ぬ前はこんなに気にかけてもらったことはなかったのに。
シェンブルはいつだって公務に忙しかったし、エレンも王子妃教育で忙しかった。まともに顔を見て話すことはなく、出会うのはいつも公式の場ばかりでプライベートな話ができる状況にもなかった。
時を戻って何かが変わっているのかもしれない。そうなってくると、カテリーナがどのような立場なのかも非常に気になったが、とてもじゃないが今聞けるような雰囲気ではなかった。
エレンは心にわだかまりを残したまま、シェンブルに再度お礼の言葉を述べた。
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