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エレンは離宮のことが気になったが、正直まだ近づくのも怖い。自ら落ちておいてこう言うのも難だが、別に死ぬつもりはなかったのだ。シェーブルがカテリーナを選ぶというのならば、さっさと婚約破棄してもらって王宮から抜け出したかった。
久しぶりに出歩きたくなり、いつもの人気のない図書館裏へと向かう。死に戻る前から、図書館に行くついでによく寄り道した場所だった。そこならば、侍女のメリッサを引き連れなくても出歩くことが許されたという、数少ない場所であるのが理由でもある。
図書館裏にちょっとした広場があり木々が生い茂っていた。その中に人目につきにくい木陰があり、そこでよく本を読んでいたものだ。
だが今日ほど驚いたことはない。何とその場所に先客がいたのだ。そこで人に出会ったのは、死ぬ前も今も初めてのことだった。
遠くからでもよく映える金髪の男性が寝転がっていた。年齢はそう変わらないように見える。
「もしかして君もここがお気に入り?」
エレンの姿を見つけると、屈託のない笑顔を向けてきた。初めてしゃべるとは思えないくらい、気さくで軽やかな空気を纏っていた。さらっとしているのにイヤな感じは一切しない。
「私の隠れ家です。申し訳ありません。まさか私以外に人がいるとは思わず、動揺して立ち尽くしておりました」
木陰に寝転がる彼は、ずいぶん気品のある格好をしていた。王族とも違うし、用事でやってきたどこかの貴族であろうか。
「僕はアリーといいます。仕事がイヤになるとよくここに来るんですよ。しばらくサボれるでしょう?」
「確かに」
エレンは声をあげて笑った。死に戻る前には出会ったことのない彼。新な人物に会えるとは思っていなかったので、少し新鮮な気持ちになれた。
「私はエレンといいます。どうぞこの隠れ家ではエレンとお呼び下さい」
「それはいいですね。僕もこの隠れ家ではアリーと呼んで下さい」
アリーはエレン以上に物知りで賢く、話していてとても楽しかった。ここ以外で会ったことがないので、普段は何をしているのかは全く知らなかったが、それでもいいと思えた。
ある日アリーはこんなことを言っていた。
「鳥になりたいな」
「どういう意味ですか?空を飛びたいってことでしょうか」
アリーはケラケラ笑った。碧い瞳がキラキラと輝いている。
「半分正解で半分間違ってるかな。空を飛びたいけど空を飛ぶことが目的ではない。もうわかっているかと思うけど、僕っていつもここにしかいないでしょ?だからもっと違う遠くへ行ってみたいんだ」
「遠くへ行けない理由がおありですか。貴族なら私よりは自由がありそうだけれど……家業を継がないといけないのでしょうか。それならば旅行で遠出はいかがでしょう」
アリーは困ったように眉を寄せた。
「んー、そうだね。長男ではないけど家を継ぐ可能性は捨てきれないかな。もし旅行するなら一緒に来てくれる?海が見える街に行きたいんだ」
「もちろん!でも一年後になりますが……」
「一年後?」
「はい。一年を過ぎれば全てが終わると思いますので」
「全てが終わるって……何かが変わるってこと?」
「そうです。少なくとも私はもうここにはいないでしょう。王宮とは関係のない場所で、一人ひっそりと暮らしていると思います」
エレンがにっこりと微笑むと、アリーは首を傾げた。
そう、一年以内に婚約破棄をしてここを出て行くつもりなのだから。
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