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ここに戻ってきてはいけないと思いつつ、厳かに佇む離宮を見上げた。
現在のところここに戻る可能性は皆無に等しいのだが、自ら足を向けてしまった。やはりどうしても気になってしょうがない。
今は人の気配さえしないが、ずいぶん丁寧な整備と管理がなされているようで、輝くように美しかった。
エレンはその最上階から転落したことを思い出す。自分で落ちたので自殺なわけだが、事故でもあるし、誰かに仕込まれた他殺ともいえる。
おそらくカテリーナの仕業だとは思うのだが、死んでしまったので証拠もない。今、証拠を探そうにもカテリーナとはなぜか出会えない。不思議な運命のようなものを感じた。
そのときだ。周りに数人の気配がして振り返る。それまでは何の音もなかったので手練れであることは疑いようもない。まさかこんなタイミングで来たのか。命を狙われるときが。
安易に自分で離宮を訪ねたときに狙われることになるなんて、思いもよらなかった。平和慣れしていたといえばそれまでだが、これまで何の危険もなかったため、安心しきっていたことを今になって後悔する。
だが同時に仕方のないことだとも思う。カテリーナに出会わないし、命も狙われないし、変わったことといえばアリーと友人になったことくらいだった。
「何者ですか。私が王子妃と知ってのことでしょうか」
当然知っているだろうと思ったが、一応尋ねてみるしかない。こちらは侍女のメリッサしか連れていなかった。
「エレン様、早くお逃げ下さい!」
勇敢にもメリッサはすぐにエレンの前に立ちはだかった。
「無駄よ、取り囲まれているのが見えないの」
思わずほくそ笑んでしまう。振り返ってエレンの見つめるメリッサの顔には、絶望の二文字が浮かんでいた。
「ご安心下さい。命の保証はいたします。少しこの国から離れていただきたいのです」
手練れは暗殺者のような服装に身を包む。暗部のものだろうが、口調は丁寧だった。暗部といってもどこかの貴族なのだろう。おそらく正面切って出会うのはこれが初めてだったと記憶するが、顔見知りな可能性もあるわけだ。
残念ながら顔は布で隠されてはいたが。
「侍女と二人きりのところを狙われたのよ。全く信用できないわね」
エレンが落ち着いた声で答えた。
「どうすれば信用していただけますでしょうか」
「私が王妃になるのが気に入らないのでしょう?どうにかして婚約破棄にこぎつけるから、それまで私を泳がせてほしいわ」
暗部からの返事はない。何か思案しているようだった。
「私が何かおかしなことをしたら殺せばいいし、簡単なことでしょう」
「シェンブル様とのご関係は良好なはず。果たしてそんなに上手くいくでしょうか」
おっしゃるとおり、さすがに相手も馬鹿ではなかった。
「私だって死にたくはないもの。他国であろうが生きのびられた方がマシよ」
「なるほど……では、ぐふっ」
暗部の後ろから誰かが、鋭く光った剣で喉を切りつけていた。
「交渉は無駄だ。どうせ最後に君は殺されるよ」
そこに立っていたのは、返り血を浴びて上半身を真っ赤に染めたアリーだった。
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