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葦原美鈴
何だろう、街のショッピングモールの吹き抜けエリアに、私、田所紀子は立っていた。
特設されたステージの上で、鬼の麗人は歌い上げている。
横にいる風間静也は、一応彼女のボディーガードとしての職務を果たさんと、四方八方に鋭い視線を向けていた。
今歌っている、彼女の名前は葦原美鈴と言った。
覚えている人がいるかどうかは不明だが、前の日本沈没騒動の時に、人化オーガのヤクザボス、鬼頭頼成が、人界に融和した人化オーガの例えとして、彼女の名を出していた。
あああ、深夜のテレビ見てて、彼女のシングルCM見てたのよねえ?
何か、葦原美鈴の新曲、「恨んでおります」ナウオンセールってあったわ。
あの日見た、貴方の姿も今は追憶の彼方。
恨んでおります。今も貴方を。
歌はそんなのが続いていた。
ウットリ聴いてるわね。鬼頭。
大体の客層も、まあ解っていた。
美鈴は、ポップスよりも、むしろ昭和歌謡的なセースルをしていた。
いやあ!相も変わらぬ素晴らしい歌声!
寺帰りの鬼頭は、ズラで覆った頭をして、葦原美鈴を手放しで褒めちぎっていた。
「この鬼頭!感動しましたぞ!今日の御祝儀だ!」
やたら分厚い封筒を、美鈴に押し付けた。
「いつもありがとうございます。会長のご支援なくして、今の美鈴はございません」
まあ、割と貴重なお捻りだわね。私はそう思った。
「でー、ええっと。そもそも何で、私は呼ばれたんでしょう?広報課がやたら血走った目で行ってこいって言われて」
「やはり、ボディーガードじゃないか?彼女は」
ああ世話ねえ世話ねえ。鬼頭は言った。
「まあ美鈴はこの顔立ちだ。デビュー直後はそりゃあストーカーの類がいたが、組の若い衆がボディーガードしたら、一発だったぞ?」
「芸能関係者が、ヤクザと繋がっているとかなったら、不味いんじゃないか?まあ、ただのファンクラブ会員だったのは物怪の幸いで――う」
ずいっと、美鈴が顔を寄せていた。
「物怪?もっけとは何ですか?」
えーっと、うわあ。って顔で、静也がこちらを見た。
「貴方も言うのね?鬼の目にも涙。鬼の居ぬ間に洗濯、もくりこくりの鬼が来る。人化オーガというだけで、貴方々は私を排除しようとするのね?昔の彼みたいに。ああ憎い。全てが憎い」
葦原美鈴は、凄い面倒臭い女だった。
「いや!そんなつもりはない!俺はただ、君を守り、ご褒美で紀子の尻を嗅ぎたいだけの人間だ!」
知るか。死ねお前。
「あー。で?私達に何しろと?彼女の恨みを晴らせとか?」
とんでもない!鬼頭が言った。
「憎しみは彼女の全てだ。この美しい顔立ちなのに、この年になっても男の影すらない!それは、彼女の才能と、恨みによるところが大きい!今では全ての人間に、分け隔てない憎しみを!」
憎い。憎い。処女で何が悪いの?ああ憎い。とか言っている。
「確かに儂は、美鈴のファンクラブ会員No.1だ。それは、綺麗どころというのもあるが、何より彼女の歌声に惚れ込んだからだ!幸運にも、美鈴は月末のフェスに呼ばれている!千載一遇の好機なのは間違いない!リリースされている「恨んでおります」は、未だにセールスが5000枚程度でしかない!どうか!美鈴を!どん底から掬ってやってください!お願いします!」
深く頭を下げたが、ズラが滑り落ちそうになっていた。
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