鬼哭啾々

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鬼哭啾々

 あくる日、私達は、葦原美鈴に案内されて、下北沢の倒壊寸前のボロアパートの前に立っていた。 「ここ――に?いるのお?クリエーターが?」  いても、占有屋の類な気がする。 「うん。鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)先生は、もうここに10年住んでるわ。占有屋じゃないけれど」  どうだか。私は思った。  ――あ?何か、足踏みオルガンの音が。 「先生は、作曲もするけれど、元は真っ当なオルガニストよ」  放課後っぽいな。静也は呟いた。 「他に誰か住んでんの?」 「みんな出て行ったらしいけど。先生のオルガン、結構人気だったのよ?鬼哭啾啾先生は、若手の間で頼れる男って感じの人だったの。でも、ある日重鎮を殴っちゃって、仕事を完全に干されている。まあよくいるタイプの芸術家っぽい人?」  あ、角部屋のベランダに、自殺した女の霊が。  あの部屋か。私達は鬼哭啾々だかの部屋の扉を叩いた。  6畳一間なのに、ほぼ物がない部屋ね。  足踏みオルガンが一台、ぽつんと置いてある部屋だった。  通された私達は、神経質そうな、40代前半のおっさんを見つめていた。  あ、唯一隅に置いてあるのは。 「クラヴィネットだな。マイク・ラトリッジが弾いていた電気オルガンだ」 「まあ、最強だからな。クラヴィネットは。ところでお前、楽器に詳しいの?」 「ええ。まあ、ベースを少々」  おっほおおおう!鬼哭啾々は声を上げた。 「そりゃあいいや!今度ギグるか?!」 「ええ、いいですけど?」  私は、盛り上がってる音楽馬鹿に、現実を教えさせた。 「ところで、鬼哭啾々先生ですよね?月末のフェス、知ってますよねご存じですよね?葦原美鈴の新曲2曲、今日が締め切りなんですけど」  ふー。鬼哭が息を吐いた。 「前にも来たんだ。祓魔課広報課、とかいうチャラい連中が。奴等は何も解ってねえんだ。芸術って奴をな?よう葦原、「恨んでおります」はどうだ?あれは傑作だったろ?」 「ええそれはもう。ただ、この時代に昭和歌謡テイストは」 「何が不満だ?お前の粘着質めいた性根に、ピッタリじゃねえか」 「ええああそう?!そっちもあんたが作ったの?!どんだけかかって?」 「確か――2年?」 「スイッチ入れば早えよ?作詞作曲2分だ」 「ああ、相変わらず気まぐれな先生。先生に恨みはないけれど」 「その2分待つのに2年かかった?フェスの新曲は?」 「向こうの望みは解ってる。最高の曲だろ?だからまあ、一切妥協は出来ねえ。俺はこうして、オルガン以外何もないこの部屋で、集中を高め続けてんだ。邪魔すんな。帰って屁でもこいてろ」  実際、ぶばってやられて、私は軽くキレた。  鉄槌を、剥げかけたフローリングに叩きつけて。 「ええ。あんたの知ってる通り、私等祓魔課よ。広報課?違う。現役の祓魔官よジャケット見るか?私等別にどうだっていいのよ?あんた等みたいに場末のコンビニだかドンキの駐車場に溜まって、しょうもないこと言い合ってる社会の負け犬を始末すんのが仕事。で?それ前提にして、もう一遍言ってみろ」  ヘタレクリエイターが、露骨にビビっていた。 「いや、やめてくださいよ。俺、人界に融和した無害な人化オーガですよマジで。まあ、差し押さえるものなんかないし、この部屋見て何言うのかと高括ってたら、現れたのはゲシュタポみたいなJKって。ちょっと待って?締め切り今日まででしょ?ああ憎い。持てる者への憎しみが」  何か、バスルームの辺りをチラ見しながら言った。 「――百鬼丸。木剋土」  五行の木気が、土気を禁じていた。 「おぎゃあああああああああああああああああ?!ああ?!あああ?!明美いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい?!何してんのお前?!この年で童貞の人化オーガの、唯一のオアシス焦土に変えやがったな?!」 「見せしめだ。作れ。さっさと。でなきゃ――ケス」  こんなおっかない皇女がいるのか。静也も慄いていた。     「ああ畜生!何なんだよどいつもこいつも!警察ってそんなに偉いのか?!今でも覚えてる!あの車泥棒があああああああああああああ!人が必死こいて溜めた金で買った車を!平然と奪って校庭の中でドリフトだと?!」  フンガフンガしながら、鬼哭啾啾の繰り言を聞かされていた。 「今でも覚えてる!あの野郎のことを!小1の時机のうしろにいたのが奴だ!誰がジョンナムだボケえええええええええええええ!おかげでどいつもこいつも俺をジョンナムとか言いやがるしよ!中坊になって、やっとあのカスと離れられて、平和な暮らしを取り戻した!芸術に身を殉じようと決めて、音楽の道に入ったのに、あそこもムカつく縦割り社会だ!挙句弟子のスコア取り上げて、45だか何だかアイドルに曲書いてますって面した秋――重鎮ぶん殴ったら、何故か仕事が一切なくなった!それでも!オルガン弾いて1人生きてたら!クリスタルナハトみてえなSAじみたゴロツキに脅されるし!結局憎い!あいつが!俺を見下すあいつが!マジで憎い!」  真っ黒いオーラが燃え上がっていた。  私は、何かピンと来て、携帯を取り出した。 「ああどうも。ねえ先生、どこ小出身?一小?渋谷の?ねえ鬼哭!あんたどこ小出身?!」 「渋谷第一小だよ!憎い!あいつが!」 「ああOk。今から、あんたに色々言いたそうなおっさん連れてくから。夜来い?まあ伝えとく」  携帯をしまって、私は言った。 「私の霊感が騒いでる。さっさと投げちゃえばいいのよ。あんなおっさんは」  私は、もう既にやる気をなくしていた。  
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