〇_ホシノ図書館入門

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何の返事も寄こさない彼の尻尾はいつの間にか垂れ下がっていて、何を考えているのか全くわからない。何となくそのままにしたくなくて、静寂を破る。 いつの間にか部屋の明かりはついていた。 「あの人の物語読んだ?」 「まだです。データ記載してたので。」 聞いておいて何だが、なんと返事すればよいのか思いつかずに黙り込む。しかし僕によって作りだされた静寂はすぐに遮られた。話すのが苦手な僕を急かさないような、絶妙なタイミングで。 「先輩が読んでくださいよ。」 いつの間にか戻った機嫌の良さそうな尻尾にせっつかれる。機嫌が良くなったことは安心したはずなのに、イタズラな笑みに不平不満を漏らしたくなる。 「業務外、いつも先輩なんて呼ばない。」 「シグ。読んでください。」 苦し紛れの文句はむしろ喜ばせたようで、これ以上の抵抗は虚しいことを知る。 ルークは業務外、何故か僕のことを“シグ”と呼ぶ。理由を聞いた時には、はぐらかされるどころメンダコ呼びになりかけたので諦めた。最初の頃はそのうち飽きるだろうと放置していたが一向に変わらず、今ではそれなりに気に入っている。 それはそうとして、この姿では読みにくくてたまらない。 空中に浮くのも意外と体力を使う。例えるなら人間が平泳ぎをし続けてるのに近いのではないかと、泳げない僕は勝手に思っている。 「待ってて。」 床のあるところまで移動し、ため息交じりに目を瞑った。自身の呼吸に集中する。 頭の中が空になったと同時に、周りを温かな風が包み込み、柔らかな光が瞼の裏に差し込んだ。数秒もしないうちに空中に放り出された体がゆっくりと降下する。地面に二本の足がつくと同時に、風も光も何もなかったかのように消えてなくなった。 目を開けると先程よりも圧倒的に高くなった視界に平衡感覚を失うが、幾度か瞬きを繰り返すとましになる。十五センチから百五十センチに急激に変化すれば仕方のないことだが、なかなか慣れない。腰まで伸びた髪は毛先があちらこちらにはねていて、正直かなり邪魔であるので、近くに置いてあった製本用のリボンで適当に集めて縛る。緩いワンピースを踏まないように、気をつけながらイスを取りに行こうとしたところで、 「魔女なんだから人の姿でいればいいのに。」 ルークが、先程まで座っていた隣にもう一つイスを置きながら言った。瞬間移動を疑いながら、お礼を告げて腰掛ける。 彼の指摘通り僕は魔女であり、本来は人間の姿である。だが他人の前や業務中は頑なに人の姿で過ごさない。そのことに不満があるらしい彼はこの姿を気に入っているようで、今も適当に結った髪をきれいに結び直している。ブラシも用意されている周到さだ。気づく頃には、狼の尻尾を思わせるポニーテールにでもなっているだろう。 この世界の魔女と人間は共存しており、獣人も多少の珍しさはあるものの同じように共存している。 魔女というのは、魔力を持ち魔法を使用できる一部の人間を指す。魔力には様々な項目があり、適性が強いと判断された項目が魔女にとって得意魔法となる。中には一部項目に適正が全く無かったりすることもあるが、これらを魔力の性質と呼んでいる。 僕よりも二十センチ高い影が隣へ腰掛けるのを合図に、原稿を手に取った。 ここからは、原稿を書いたあの人の物語だ。
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