三_スキ

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“星の丘”について彼女と話していく内に、いくつかの情報が集まった。それは本自体のデータもあれば、彼女自身のデータでもあったりと様々である。 “星の丘”は彼女の担任をする国語の教師が書いたもの。 彼女はそれを本人から進められ読んだこと。そしてとても気に入ってること。本が好きな彼女のために色々と目をかけてくれる教師を、書かれた物語含めて尊敬していること。 そして 「先生と、物語を書きたい。」 夢を語った彼女は、顔がよく見えなくてもわかるほど眩しかった。 しかし彼女の夢と、ココへ来たばかりの時の物語を書けないという言葉は対比する。話を聞く限り、彼女は文書を書くことも物語を書くこともできる。それでもなおそう言い切る様子は、まるで自身を鎖で縛っているようだった。 「お話しを書くのは嫌い?」 僕の問いかけに、間髪入れず横に首を振る。悩むような様子を見せる彼女をそっと見守る。間もなくして口を開いた彼女は、来たときのように緊張しているようだった。 「お母さんが、お医者さんになるのを楽しみにしていて。」 彼女から初めて出た家族の話。聞き逃さないように、一つ一つ確かめるようにして相槌を打つ。 「お母さんが?」 「はい。お医者さんなんです。」 オウム返しを交えて彼女から更なる情報を聞き出す。 どうやら医者の家系のようで、いわゆる跡継ぎに当たるそうだ。幼い頃から自分は母の後を継ぐと感じて育った。更にそれを肯定するかのように、学習に関する物は惜しみなく買い与えられているそうだ。何となく言い出しづらくておもちゃなどを頼むことはなく、話題がないので友人もなかなか出来ない。中学生になってからの理系科目は好きではなく、プレッシャーから本の世界により逃げ込むようになったという。 「お母さんのこと好き?」 彼女の話に一区切りついたのを確認して問いかける。悲しそうな顔から一転して、不思議そうに頷く。 どうやら母が好きなあまり遠慮してしまい、自身で夢を縛り付けているようだ。つまり彼女に必要なのは、自身の夢を認めてあげる少しの勇気である。 その瞬間、ネガイノ書が強く輝き出した。独りでにページが捲られる。まるで星を集めて閉じ込めたようで、あまりの眩しさに目を瞑った。 ようやく弱まった光に目を開けると、停止したページの一文が淡く光を放っている。一冊の本が彼女を選んだのだ。 「たくさんお話してくれてありがとう。おかげでみなみさんに貸す本が決まったよ。」 微笑む僕と淡く光る本を交互に見てぽかんとする彼女を、一緒に来るように促す。目指すのは彼女を選んだ本だ。 目的の本はまあまあ高い場所に収まっていた。この姿では本を持つことができないので、魔法で本を浮かせて彼女の手元へ優しく下ろす。手が触れると同時に魔法が切れ、ずしりと本来の重みを持つ。多少重みに持っていかれそうになりながらも、しっかりと本を握りしめていた。 自身を選んだ本をまじまじと見つめる彼女に、中を読むように促す。それはココを訪れた者が置いて行った詩集で、引き込まれるようにいくつもの詩を読み進めている。 「それね、みなみさんのお母さんが置いて行ったんだよ。」 そっと声を掛けると、彼女は勢いよくこちらを見た。理解しきれないのか、何度も瞬きを繰り返す様子は何だか少し可愛らしかった。 「お母さんが……?」 しばらくして彼女が発したのは、信じられないという声だった。恵まれた文才を主張する詩からは、母を想像できなかったのだろう。肯定を持つようにこちらをじっと見つめている。 「うん。詩が好きって気持ちを消さない。それが昔のお母さんの大切な気持ち。」 詩の書かれたページとにらめっこを続ける彼女は、ふっと笑うと小さな声でつぶやいた。 「私、この詩、好きです。」 何を考えたのか、感じたのか、もちろん僕には分からない。それでも初めて好きな物を好きだと口に出して、優しい顔をした彼女はココへ来たときよりも幸せそうに見えた。
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