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「一ヶ月間、ありがとうございました。」
たくさんの生徒に囲まれる彼女を遠くから眺める。一人また一人と帰っていく生徒をひたすら眺める。片手で数えられる程度になると、ようやく彼女がこちらを見た。最後の一人が帰ると、夕日で真っ赤な教室にいるのは俺と彼女だけだった。いつまで経っても帰ろうとしない俺を見つめてきょとんとしている。
「あなたは、ずっとそうやってるんですか。」
口を開いたのは俺で、何の前置きもない言葉だった。
そのまま演じ続けるのか。誰にも頼らないのか。自身を否定するような行動をするのか。どの疑問にもとれて、どれも正解だ。しかし彼女はどれにも答えようとしなかった。困ったように目を伏せるのを見ていたくなくて、聞くのを諦める。
「卒業したら。」
俺は何を口走ろうとしているのだろう。思考が追いつかない。追いつかないけれど、今はそれでいい気がした。
「卒業したら、あなたの助手になります。」
彼女から視線をそらしているので、どんな表情をしているかは分からない。ただ狼狽えて、頑張って断ろうとしている声がぼんやり聞こえた。このままでははぐらかされる。
「決定事項です。」
彼女の目を見て、はっきり言い放つ。そんな俺の様子を見て押し黙る。本当に嫌そうな、でも少し嬉しそうな複雑な顔をした。
今度は助手になるべく引っ付きまわる日々が始まった。
本来であれば場所も知ることが出来ない、立ち入ることも出来ない場所に、友人の助けを借りて通い詰めた。卒業するまでずっとだ。優しい彼女は俺が来た際には中に入れてくれた。自然体でいられる時間を共有させてくれるようになったのが、警戒心の高い小動物が懐いたような気がして微笑ましい。
待ちに待った卒業式が終わると、俺は彼女の元へ直行した。しかしどんなにベルを鳴らしても、珍しく彼女が出てこなかった。何かあったのだろうかと、門を蹴破る構えをする。
「はいれる。」
顔の前に光で文字が書かれる。どこからか発生したそれは、俺が読み終えるとすぐに消えてしまった。文字に従って中に入れば、本で手が埋まっている彼女がいた。とりあえず今にも崩れそうなそれを半分持ち床へ下ろす。
「ルークの、部屋を作ってた。」
気まずそうに控えめに言葉を発する彼女は、耳を真っ赤にして目を泳がせている。卒業を待っていたのは俺だけではなかったらしい。
こうしてあの日、俺は彼女の助手になった。
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