五_記憶

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五_記憶

ごとん。どたどた。 貸出人も来ていない屋敷にすごい音が響き渡る。 よくあることなので驚きはしないが、心配なので書庫の一つを見に行く。音の正体である床に散らばった大量の本と、その中心で面倒くそうな顔をするルークが目に入った。ついでにかなりの速さで部屋中を飛び回る一冊の本も。 「一緒にやるって言ってるのに。」 手がつけられなさそうな本に弱い光魔法を放つ。光が当たって我に返ったらしいそれは、フワフワ浮かぶ程度に大人しくなった。ゆっくりとこちらへ降りてくる本に手を差し伸べる。 「書類終わったんですか。」 「まだ。」 ようやく手に収まった本を見て思わず納得する。彼を見れば、床の本を手早く拾いテーブルにきれいに積み上げていた。どうやら片すのは後にしたらしい。それを見て、僕も別の書庫に置いてきた書類は後にしようと決める。別にサボる言い訳ではないが、全くその気持ちが入ってないかと言われると否定できない。 「魔女に貸した本はよく暴れますねー。」 イスに座ったルークにちょいちょいと手招きされて隣へ座り、大人しくする本を優しく撫でてやる。その様子を彼は無言で眺めていた。 「仕方ないね。」 返却本であるこれは、とある魔女に貸し出した本だった。 本は長く時間を共にすると、その人の影響を受けることがある。魔力は特に代表的な例で、持ち主の魔力が染みてしまうのだ。 本は誰かの気持ちを受けて綴られる物なので、魔力をきっかけに意志を持つというのが良くある。そうやって意志を持ったり、魔力を継ぐ本は魔導書と呼ばれた。魔導書は必ずしも自身で力を制御できるとは限らず、持ち主がいなければ暴走を起こすことも少なくない。そうなると魔力を持つ者が、魔力を薄める特別な処理を施さなければならないのだ。 先日、貸出人の彼女が亡くなったのは知っていた。そのため安全に考慮し、ルークには返却処理は自身がやると言ってあったのだ。しかし彼はとある事件から僕が一人で処理するのを嫌っているようで、魔導書も返却処理を行おうとする。前もって回収を試みたときには痛いくらい悲しい顔をされたので、以来は向上心を尊重するという意味でも基本的には一緒に行うことにしている。そのおかげか最近では少ない魔力の物なら扱えるようになったようだが、彼はそもそも魔力を持たないので暴走しないものに限る。 余談だが彼には秘密で加護をつけており、怪我をすることは特にないので、きつく注意を行ったりはしていない。 本の魔力を薄めようと、表紙へ触れる。するとあたりが少しずつ霧に包まれ始めた。隣に座っていたルークは冷静で、それでいて焦ったように僕の腕を掴む。それを待っていたかのように、霧は僕たち二人を完全に覆い隠した。
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