〇_ホシノ図書館入門

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僕が支配人を勤めるココにはいくつかのルールが存在する。 (一)屋敷内の物は全て大切に扱うこと (二)書籍一つ一つと向き合うこと (三)自身の感情及び思考に素直になること (四)自身の大切な思い出・感情などを物語として綴ること (五)心を通わせた物と一生を共にすること 以上の五つだ。 ココは全ての生き物が人生で一度だけ、一生を共にする本をたった一つだけ借りることができる場所。自身の気持ちと向き合い、本と向き合い、心を通わせて初めて借りることができる。 お金はいらないが、対価として自身が大切にしている思い出や気持ちを物語として綴って置いていくことが義務付けられている。そうして綴られた物語は、心を通わせた別の者の手へと渡っていく。 本の回収は、その者が一生を終えた際に自動で返却ボックスに返るようになっているので、必ず最期まで一生を共にすることも条件の一つである。 主に扱っているのは本のみ。小説、絵本、伝記など種類は様々だが、その他の物は貸出用に用意されたものではない。映像資料は僕の趣味で、新聞はルークが毎朝街まで取りに行ってくれている。本来貸出は行なわないが、それらに選ばれたなら別だ。 「あの人はあれに選ばれたから。それを見届けるのも僕たちの役目。」 かつて記述したマニュアルでは、訪れた者の気持ちに向き合い、本と心を通わせるのを支援することが役割であると記載した覚えがある。しかし事例が増えるようであれば改定を検討する必要があるかもしれないとぼんやりと考える。 「地域新聞のほんの小さな一角。数行しか載っていない、売れなかった小説家の引退記事でしたっけ。俺もこの小説家、知りません。」 片付けが一段落ついたらしい彼が、テーブルの横、ガラスのショーケースに入る一冊の本に目をやる。それは本の情報、貸出履歴が自動で書き込まれていく、通称“ネガイノ書”。 思考があるのかは知らないが、一行の貸出履歴が柔い黄緑の光を放っていた。記事に導かれた者が見せた、輝かしくて安らかな笑みに少々似ている気がする。 「あの人の心には届いてた。」 インクの乾ききらない清書用方眼紙と共に置かれた、絵本程度の長さの原稿を一瞥する。記事を持っていった者が置いていった物語だ。 物語は、作業部屋でデータの入力や添削などの清書を行ってから、僕が製本を行う。データとは、人物情報、貸出に至るまでの記録、原稿を識別するための番号などを指していて、製本はせずに資料として別館へ保存している。 ルークは清書作業が性に合っている様で、以前は分担して作業を行っていたが、今では彼が全て行う形に変わっていた。
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