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しばらく少女のペースに合わせて、図書館についての会話を続ける。お菓子も底をついた頃、そろそろ本題をと思っていると彼女が控えめに口を開いた。
「あの、物語、書けないんです。」
急に話しだした彼女にきょとんとしてしまったが、すぐに持ち直す。
「問題ありません。こうやって話してくだされば、自動で書くことができますから。さっきのお菓子みたいに。」
先程のことを思い返して納得したようだ。あまり魔法を見慣れないようで、落ち着かない様子だ。彼女の補助をするべく、話したことを記録する魔法を発動させるが、独りでに動き出したペンをちらちらと見ている。
「ではまず、あなたについて教えてください。答えられるところだけ、ゆっくりで結構ですよ。」
テーブルの上にいくつかの質問の書かれたシートを出す。貸出人が話しやすいように作成したテンプレートの一つだ。管理の際には、前もって得ている本名などの情報やこれらよ新たに得た情報を結びつけて個人を判別している。
紅茶の追加を注ぎ、緊張させないように急かさないように彼女が話し出すのを待つ。
「えっと、みなみです。ひらがなでみなみ。」
ココでは貸出人のことを呼ばれたい名前で呼ぶ。この名前は物語のペンネームにもなるので、表記についても答えてもらっている。
「十五歳で、本はたくさん読みます。」
順番にゆっくり確実に答えていくみなみさんは、たどたどしさはあるもののしっかりした印象だ。大きな分岐や悩みを聞くこと、簡単に踏み入れることは難しいので、貸出人からすれば関係がありそうでなさそうなことを聞いていく。
「ありがとうございます。質問いたしますので、もう少しあなたについて教えてください。」
堅苦しさを感じているのか、小さく頷く彼女を見る。年齢を考えれば、敬語なんて使い慣れないだろう。
昔から人々を支え続けている図書館の評価はかなり高い。子どもであっても一人で訪問しなければならないが、そのことに不満を言う親はいなかった。それどころか中にはココを訪れれば幸せになれると、宗教のような噂を流している者もいる。貸出人の心に寄り添うのは難しい。それ故に噂は少しやり過ぎだが、評価されているのは嬉しいことだ。
「私は敬語が苦手なのですが、みなみさんは敬語で話しかけられるのは苦手ですか?」
あえて同調するような聞き方をする。小さな肯定が返ってきたのを確認して、
「では失礼して……普通に話させてね。みなみさんも楽な話し方で大丈夫。」
極力優しく語りかける。実際は僕の普通ではないが、そこは仕事モードである。
「ありがとうござい、ます。」
本人は敬語のままではあるが、幾分か肩の力は抜けたようだった。トートバッグを抱きしめる力も弱まったのが分かる。ようやく、彼女心の奥を覗かせてもらう準備が整ったのだ。
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