3 神託

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3 神託

彼女はそこで、説明の流れを変えた。 いよいよ、人間の向上と活用が必要という話のようだ。 『でも文明が進むと、環境の限界や社会の統合・複雑化、 生活の向上、武器の強化で犠牲や費用(コスト)危険(リスク)が増えて、 従来の政策だけでは代価が増えすぎ、効果も減ってくる。 だからこそ次の時代には、技術活用と利益配分だけでなく、 人々と制度を直接高めて、淘汰の代償を減らす政策も必要。 これはもう理想とかじゃなく、単に算盤(そろばん)の問題なのよ』 『政策の共同考案が仕事になる世界で、何も知らされず、 不安と不満を抱えた遊民ばかり増やしても自滅行為でしょ? 古代の奴隷だったら牛馬のように扱えたかもしれないけど、 一緒にものを考える人達は、そんなことじゃ活かせない。 命の値段も高くなり、(あや)めるぐらいなら最初から産むな、 産むんだったらしっかり高めて活かせ!ってなるわよね』 うわあ……まったく()(ふた)もないなあ(苦笑)。 しかしそうした厳しさも、この世の現実なのだろう。 結局、人はみな(かすみ)を食っては生きられず、 必要な〝富〟を作って分けることで生きている。 今ではその中に、人間自身の健康や教育も含まれる ようになった、というだけのことなのかもしれない。 e52bf11d-446e-4c13-95e7-b50c3f9cecb7 『文明が進むほど、人間や社会は衰える。 そもそも生きやすくなるのが、文明の恩恵だから。 だけどそんな〝文明の逆説(パラドックス)〟を(あなど)っていると、 知らない(あいだ)にみんなで〝()(がえる)〟になっちゃうわ。 肉体・精神だけでなく、腐敗、衆愚化、蛸壺化、 利己集団化など、社会的な健康の低下も恐ろしい。 私達自身も、側近種族の専横と暴走を止められなかった』 声が沈んだ。 やっぱり本当は、後悔しているのか。 f60a2522-a86e-4b44-844c-0b670a24b8c3 『でも!』 いきなり明るく、元気な声に驚いた。 『私達の臣下選びは、全てが間違っていたわけじゃない。 弱虫サタンの最大の功績は、惑星文明の発展を助ける中で、 銀河帝国もいずれ必ず同じ状況になるって気づいたことよ』 ああ、一瞬でも(なぐさ)めようとした私が馬鹿みたいだ(苦笑)。 『私達は文明で栄えた。 だからもう、昔には戻れない。 ならば文明の仕組みから、次は何が必要か考えればいい』 しかし、なるほど。 文明開発長官だったサタンが 亡命者達の移住先に選ばれ、後には新皇帝種族として (かつ)がれ……もとい(笑)、()された理由が分かった。 ずいぶん露骨な表現だったが、私は政治記者として、 彼女の論理を否定することができなかった。 必要性と許容性は、政策の両輪だ。 永きに渡り、血で血を洗う覇権抗争を繰り広げ、 あるいは生き延びてきた〝古き種族(もの)〟達が、 素敵な理想の追求だけを許すはずがない。 96faee76-8e40-4105-9709-7130d837d05c それが可能になったのは、先進軍事技術に加え、 個体群種族の淘汰なき資質向上、 量子人格種族の専制化防止や共通個体の設計、 共用量子頭脳規格、量子頭脳の遠隔通信連携など、 多様な種族の向上と協力を人道的に(かな)える技術と、 それらを活かす総合政策を考案できたからこそだ。 『幸せを得続けるには、努力が要る……と?』 『まあ簡単に言ってしまえば、そういうことね。 もっとも、サタンが築いたこの素晴らしい時代、 ある意味で皆がより狡賢(ずるがしこ)く、幸せになれる時代に、 いかに優しく、でも確実にそれを伝えるかは別問題』 彼女はそこで片眉を上げ、意味ありげに微笑んだ。 いざとなったら、知的種族はどんな酷いこともする。 そうしなければ、生き残れないことだってある。 しかし賢い種族なら、以降の〝無駄〟は避けるだろう。 そもそもそんな状況には、陥らないようにするものだ。 それができれば、できた者達が星間社会を先導(リード)する。 逆に今度は、できない連中が(おく)れをとる。 e7d10dd4-104a-4176-aaca-2a0a52b000cb だが、そうしたことをあけすけに言い過ぎると、 せっかく平和を手に入れた人々の心が揺らぎ、 相互不信に陥って、意欲をそがれてしまう人達や、 再び利己主義に走る集団が出るかもしれない。 神と悪魔は知性の両面、天国地獄は紙一重。 皆の心が荒れぬよう、夢と希望を知らせたい。 しかし、油断がさらなる悲劇を招かないよう、 現実的な政策も考えて行い、栄え続けてもらいたい。 1c5e701e-8f5d-4d11-9936-a95e0c8a9a8c 途上種族から先進種族に飛躍的発展を遂げ、 星間社会の模範となった人類に、 そんな願いを実現するための物語(ストーリー)を、 上手に伝えてほしいということか。 『まあ私個人としては昔、優しいあの子達に 憎まれ役を演じさせたのも、悪かったと思ってる。 この映像体(アバター)を使ったのは、 そんな気持ちの表れでもあるのよ』 661accbf-8aa6-4063-ba02-cb78cce3ac2e 『なるほど、お気持ちは分かります……。 〝冷静な頭脳・温かい心(クールヘッド・ウォームハート)〟ということですね』 緊張と興奮を抑えて、笑顔でうなずきながらも、 私の心には様々な思いが駆け巡っていた。 当時全ては救えなかったが、今後はもっと救いたい。 必要とあれば、今度は自身が悪役となってでも、 自ら築いた国家の繁栄に貢献したいということか。 自他共に厳しい、名君だっただけのことはあるな。 05c8019f-92ad-46b7-bc22-e85a3abe509d もっとも、歳月を経た量子人格化種族には、 種族の違いに意味などないのでは?とも思う。 淘汰の回避が可能になった時代に合わせて、 優しい臣下を表に立てただけのようにも見える。 aa776d80-95a1-4f8c-8841-5f033a464c8e とはいえ、他の種族ならもっとマシな方法が とれたのか? と聞かれると疑わしい。 最も若輩(じゃくはい)の〝最先進種族〟となった人類にとっても、 淘汰なき社会の到来はありがたいことなのだ。 真実は一つだが表と裏がある、という言葉もある。 人は誰しも自分や集団、社会の複雑な利益の均衡(バランス)で動く。 彼女達も厳しい元〝先帝〟出身者と優しい先住者の間で、 上手(うま)釣合(つりあい)を取ろうとしているのかもしれない。 e180042e-a5b8-4b4b-b998-4320e358e2f1 彼女は、さらに続けた。 『貴方達の世代なら、皆と協力できるから、 もう少し楽ができるだろうと思う。 だけど、誰かに私達の失敗を繰り返させたり、 サタンの努力を無駄にさせたりする気もないわ。 さあ……私の話を()いてくれる?』 同意しつつも私は、最近地球で〝種族の向上と協力〟に 関する著作や報道が増えていることを思い出した。 彼女のような〝情報提供者〟と出会っているのは、 私だけではない可能性もある。 サタンが祭司だったなら、今度は人類が預言者か? さすがは〝神〟と呼ばれた種族、恐るべし(笑)! いずれにせよ、陽が沈み、月が昇る黄昏(たそがれ)にあっても、 優しい月を見えない所から輝かせているのは、 苛烈(かれつ)な光を放つ太陽なのかもしれない。 私は真剣に、彼女の話を聞いていくことにした。 c4cbd731-67a6-494c-b3e0-3174a4864031
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