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地球通信社の報道記者(ジャーナリスト)として、 私はサタンに取材会見をすることになっていた。 しかし彼女の映像体(アバター)は、よく使われる可憐で愛らしい、 猫と人間の(あい)の子のような姿ではなかった。 447436e2-3566-4cde-bb5e-c1f78d84b545 サタンといっても悪魔ではなく、異星種族の名称だ。 銀河帝国の先進種族は量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)を達成し、 高度な情報処理能力と種族人格の形成能力を得たので、 国際機関の理事国のように、帝国の役職も務められる。 サタンはかつて、文明開発長官の地位にあった。 彼女達は銀河系を統一した〝先帝〟種族のため、 〝先帝〟を神に見立て、自らは悪魔を演じるなどして、 当時の人類を含む発展途上種族の文明発展を助けた。 現実には〝神〟の敵対者というより引立て役だったわけで、 何だか熱心すぎる祭司(さいし)のようでもある(笑)。 59d7cca8-49bd-427d-b2fc-184fa6e21404 しかしサタンは以前、〝先帝〟により近隣恒星の 新星化から救われたという恩義を受けていた。 また、高度な星間文明との急激な接触は、 途上種族の意気阻喪や衰退・滅亡などの危険を伴う。 サタンは〝先帝〟への感謝や途上種族への愛情から、 彼女達なりに最良の支援を考案したようだ。 ところが一方、広大な銀河系を統一するために 軍事力と集権化を重視した〝旧帝国〟では逆に、 強権統治への退行が進んでしまっていた。 そのため生じた側近軍事種族の腐敗と抗争は 統一後も悪化し続け、遂に内戦が起きて帝国は崩壊し、 それに巻き込まれた〝先帝〟も滅亡してしまった。 08683bd5-7efb-4b1c-8990-ca5cb7df66fe ところが専制国家の〝旧帝国〟では、 銀河統一後も側近軍事種族の腐敗と抗争が止まらず、 ついに内戦が起きて帝国は崩壊、 それに巻き込まれた〝先帝〟も滅亡してしまった。 そこで新興の技術・産業種族や良識的な軍事種族、 銀河系外周の非酸素・非炭素系種族は、 穏健な文官種族のサタンを次の皇帝に(よう)して 〝新帝国〟を設立し、平和を取り戻したのだ。 私は、その一人に当時の状況を取材するため、 星間通信網(ステラネット)の仮想空間に入場(ダイブ)した。 しかし、現れたのは黒衣を(まと)い、 鋭い角と妖しく輝く瞳をもつ、 文字通り悪魔のような姿をした、 だが美しい少女だった。 58c26cc3-b0d1-4e7c-a39d-e261d0d3e713 身元確認は厳しいはずだが、これは何かの冗談か? 今の皇帝種族にも、ヤバい変人がいるのか? 私はあまり期待を持たないようにしながら、 挨拶(あいさつ)もそこそこに話題を切り出した。 『ああ……皆さんは国家の運営に役立つ、 文明発展についての理論にお詳しいようですが、 貴方ご自身のお考えなどがあったら、 お聞かせいただけたらと思いまして』 『まあ、これは反省なんだけど……、 文明は、技術なくして発展なし。 でも、それだけじゃ続かない。 技術の恵みを上手に分ける政策や、 その政策を支える民度、民度を活かせる組織が なかったら、いともあっけなく滅びるわ』 1f3f5305-857f-42cc-a5c1-f3c2e1827057 歯に(きぬ)着せぬ物言(ものい)いに、私は再び驚いた。 『おお……これはまたどうも、直接的な表現ですね。 普段のサタンの皆さんの考え方や(おっしゃ)りようとは、 何だか異なるようですが……』 『いいえ、公式見解と中味(なかみ)は違わないはずよ。 時間はあるから、ゆっくり思い出してみて。 (しゃべ)り方が優しいサタンらしくない?  最初に言わなくてご免なさい……実は私、亡命者なの』 02d6db4a-7f11-4290-8759-d7bf229e4eb0 そう言うと、彼女は私に考える()を与えるかのように、 ゆったりと椅子の背にもたれ、優雅に私を見守った。 ……よく考えてみると、表現こそ荒っぽいが、 新帝国の政策方針はまさにその通りだった。 その方針は、今では子供でも知っている、 簡素な文明理論に基づいている。 文明の六要素は〝知る・する・決める、 ヒト・モノ・環境〟だ。 df139356-a49c-41ae-ac5b-b1685cb042e2 文明活動は技術、政策、社会活動からなる。 技術が進めば社会が変わり、 社会が変われば政策も変わり、 その政策が新技術を生んで、文明は発展する。 しかし、技術の利用には物資への具現化、 政策の発展には人々の向上が必要だ。 また、新技術の導入には資源や市場といった、 自然・社会環境が大きく影響する。 文明活動の本体は全国民が営む社会活動だが、 技術は富を生んでそれを豊かにし、 政策は富を分けてそれを健全に保つものといえる。 ただし、両者が社会を助ける経路(ルート)は1つではなく、 他の要素との関係で4つずつに分類でき、 政策では次のようになる。 329d927e-ea22-4147-912e-3a0914414673 第一に、富の生産・安全に役立つ技術を助け、 その健全な開発・利用を促進する技術的政策。 第二に、富を配分・投資する経済・社会活動を助け、 その最適化を図る経済・社会政策。 第三に、共に政策を実現する全ての国民を助け、 健康や教育を高める人的資源政策。 第四に、政策自体を助けて人々の活用・参画(さんかく)、 全種族の協調や民主化を促す行政管理政策だ。 ……何とかそこまで思い出した私は、 ふと仮想現実に意識を向け直して、彼女の方を見た。 すると彼女がにやりと笑い、両目を大きく見開くと、 瞳の奥がぎらりと一瞬、(まばゆ)い金色に輝いた。 私は驚きのあまり、思わず身体をこわばらせた。 こ、これは……まさかこいつは……。 『……そう、亡命者。 かつて全銀河系を統一し、 サタンに貴方達の文明化を命じた種族からのね。 実はけっこう大勢いたんだけど、全員帰化して、 そのほとんどが政策形成に深く関わっているわ』 5c0cf71d-4276-44eb-ae83-de00418c741c 大当たりだ。 彼女は生来のサタンじゃない。 蝙蝠(こうもり)の翼を持つ猫のような生物、 柔弱(にゅうじゃく)で臆病……もとい(笑)、心優しく慎ましい、 生まれながらの現皇帝種族ではない。 436e5466-077d-417a-89e2-931b31079ac9
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