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 しかし、その行為は同時に彼女への愛情も薄れさせることとなった。  あんな汚れた女はもういらない。あんな女は、見ず知らずの若い男にくれてやる。そしてこのときの怒りは、自分自身にも向いていた。  彼女を浮気に走らせてしまったのは、そもそも自分に原因があるのではないか。自分が彼女にもっと愛をアピールしていれば、こんなことにはならなかったのではないか。彼女の浮気を許してしまったのは、自分自身の責任だ。  だから、自分はもうこの部屋から出ていく。これは単純な逃げではない。むしろまえ向きな行動に近い。こんな自分だって、彼女の浮気が発覚してからの四日間でさまざまな決心をつけたのだ。大好きだった優姫を忘れるために、慣れない散歩だってした。  そこで出会ったのが、一人のスーパーの店員だった。長い黒髪をうしろに束ねた二十歳前後の女性で、彼ごのみの清楚な雰囲気だった。ネームプレートには「近藤」と書かれていたのを男は記憶していた。  その女性との出会いは偶然だった。彼女の浮気が発覚した翌日の昼間、どうしようもない荒れた心を落ちつけるために近所のスーパーに出かけた。そこでたまたまレジに立っていたのがその女性だった。  そのとき男は、大手食品メーカーから出ているものではない安価な栄養補助食品を両手いっぱいに持ってレジにいった。すべて同じチョコレート味。食感はモチャモチャしていて、やたらと甘い。いつも投げ売りになっている不人気商品というやつだった。  こんな商品はほかの誰にも買われない。それはまるで、誰の目にもとまらない自分自身のようだと男は思っていた。しかし、それを見たレジの女性は目を輝かせた。 「あ、これ、美味しいですよね。私も好きなんです」  そんなふうに声をかけてくれたことが嬉しかったのか、大抵の人が「まずい」と判断している自分の主食を褒められたことが嬉しかったのか、わからない。だが、彼は振られたばかりの自分が誰かに認められたと思うことで心が救われた。 「あ、は、はい」  そのときは、そう返すのが精いっぱいだった。  部屋に帰ってから彼はスーパーの女性の胸にあったネームプレートのことばかりを思い出していた。
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