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「ふう……」  一年まえとなにひとつ変わらない状態の部屋を横切る。その瞬間、彼は思った。せっかくだから、この場所からなにかひとつ持って出ていこう。自分がこの部屋ですごしていたという思い出を。持っていってもバレないものがいいだろう。 「それならば……」  彼はこの部屋の唯一の収納であるクローゼットを開けて、奥底に眠っている布製マスクを握った。ついでに天井の隙間をしっかり閉める。これなら持っていってもバレないだろう。  さあ、ここからが新しい人生のスタートだ。あらためて、部屋を横切り玄関を抜けた。十二時をまわり最高潮に達した太陽が、彼に明るい光を浴びせた。 「ありがとう」  彼はドアを閉めたあと、最後にドアノブにちゅっとくちづけをする。  そして数時間後の夕方。 「あー、今日も疲れたー」  そのドアノブを優姫が握る。鍵を差しこみドアを開ける。この部屋の本来の住人が帰ってきた。 「あれ? 私の部屋、なんか雰囲気がちょっと変わったような…」  不審に思ってまわりを見る。クローゼットを眺め、エアコンを見つめる。なんとなく、朝出かけたときと雰囲気が違うような気がした。 「うーん」  首をかしげる。しかし彼女は気づかない。ワンルーム十畳の部屋に不釣りあいの六十インチテレビが、眉をハの字にする彼女の姿を映した。
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