<お引越し>

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<お引越し>

「さあ! ここが僕たちの新しいお家だよ!」  光。久しぶり灯りがそこを照らす。エアロックを開けて、ひと組の家族がその宇宙灯台の中に入ってきた。 「パパぁ、なんだか変な感じだよぅ」 「少し散らかってるけど、仕方ないわ。こんな辺境、掃除を頼む業者もいないし」 「ええ! 封印されたままなのがおかしいと思ったら、掃除もされてない?」  懐中電灯の灯りが、宇宙にあるとしては雑多な部屋の中を探るように動く。 「このごちゃごちゃは、この宇宙灯台の歴史さ! ちょっとぐらいいいじゃないか! 大体ここには僕たちしかいないんだぞ! 寝るところも自由に選べるし、どれだけうるさくしたって誰にも怒られない! そうだろ? みんな!」  その家族の父親は、そう言ってバイザー越しに家族の顔を見た。  中学生の男の子と小学校低学年の女の子、そして30代半ばの夫婦。その古びた宇宙灯台に現れたのは、ごくごく普通の四人家族だった。 「文句は……後で言いましょう。今日の活動時間はもう終わるし、一旦船に戻って休息時間にしないと。明日からしばらくは掃除よ」 『ええー!!』  母親の言葉に子供達がブウたれる。 「だってこの宇宙灯台。前の人が残していったものばかりじゃあない!」 「そうだよ。見ろよ、この宇宙服。何世代前のものだって感じだよ! こんなの骨董業者だって引き取ってくれないさ!」 「だけど、僕たちはここに住まないといけないんだぞ? 帰りの燃料はすぐすぐには充填しないし、他の宇宙灯台は最短でも三ヶ月の向こうだ」 「だから、オレ引越しなんて嫌だったんだ……しかもこんなド田舎……」 「ここはこれから、発展する宇宙高速ルートの途中にあるの。そのうちいっぱい人がやって来るわ。それまで我慢よ」 「そうだぞ! 僕たちは新規地方開拓の先陣となって、」 「誰もやりたくない仕事、パパが押し付けられただけだろう? 家だって、新しく作ってもらえなくて廃棄寸前の古い宇宙灯台だなんて、本当貧乏くじ」 「お掃除も自分でやらなくちゃなんて……あれ、何? こんなところに古い寝袋ベッド?」 「さあさ、文句ばっかり言ってても始まらないでしょ。ほら、今日はご飯食べて寝ましょう」  母親の言葉に家族はエアロックの向こうに消えた。その外には彼らの乗ってきた宇宙船がドッキングされている。  ……宇宙灯台の近くには恒星はおろか小惑星の一つもなかった。当然遮るものなど何もなく、頭上から足元まで三百六十度、暗幕に細かい砂粒をぶちまけたような星の海が広がっている。  孤独な場所。そこが本当に重要な宇宙航路になるとは、今はまだ誰も信じないだろう。 「連中、本気でここに引っ越してきたのか?」 「間違い無いだろう。ただ定期調査のために封印が解かれたと思っていたが、そうではなかったらしいな」 「これからどうしますか?」 「追い出そう♪」 『追い出そう♪』 『お〜いだそう♪ ここはボクたちのお家だ〜♫』 「そうだな。私も今更、人のために働く気はない」  誰もいないはずの宇宙灯台の中に密やかな囁きが満ちる。人には聞こえないその囁きは……誰の言葉なのか?
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