1.行きたく無い。

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築四十年は超えた県営住宅。 2DKの一室で、瀬戸内 海人(せとうち かいと)はベッドに寝転がり、小説を読みながらラジオを聞いていた。 毎週月曜から金曜日までの五日間、二十一時から始まるラジオ番組のメインパーソナリティーを務めるよっぴーコト、清水吉能のトークを聞くのが習慣になっている。 ラジオ冒頭の近況トーク、今日は近所にある回老の滝にまつわる若返りの水についての話だった。 近所に住んでいて、学校終わりに一人寄るコトが多いけれど、あの滝がどういった場所で、どういった歴史があるかなんて知らない。唯一知っているのは、日本の滝百選に選ばれている。それだけだ。 小説の最後の一ページを読み終えると、海人は「ふー」と息を吐いた。最近ハマっているSF作家の作品。中高生の揺れ動く心理描写に定評があるコトで有名だが、読んで分かる。 確かに。自分でも思い当たる節が沢山あり、時折悶えのた打ち回りたくなる程だった。 『新年度が始まって、早一ヶ月。皆さん新生活は慣れたでしょうか?  学生の皆さん、社会人の皆さん。新入生の皆さん、新入社員の皆さん。新しい環境に少しは慣れたかな? そんな時期かと思います。 GW(ゴールデンウィーク) が終わった今、五月病で学校や職場に行きたくないよ〜、と思っている方も沢山いらっしゃるかと思います。 吉能もそうでございます。 それでもリスナーの皆さんが待っていてくれるから、ラジオが続けられる。 な〜んて、それらしいコトを言ってみたり。 でも、ホント肩の力を抜いて、気張らずにリラックスしましょう。気持ち半分くらいで充分なのです。 今週一週間頑張って行きましょう! 先ずは、ここで一曲──』 妹の詩織からは、ラジオ聞きながら本を読むなんて良く出来るね、と感心半分呆れ半分の顔を向けられる。 三年以上こんな生活続けているから出来る芸当だ。 本を横に置き、額の上に腕を置くと、天井を見上げた。 「学校行きたくないなー」 誰もいない部屋の中で、ボソリと呟いた。 誰か返事する訳でもない。億劫。 よっぴーのラジオリスナーになってから、早二年。 彼女のトークは、ふざけ調子に語りなが らも真面目な話にも親身になって答えてくれる。 周りに気遣いし過ぎて疲れ易い海人にとって は、心地よい。誰にも聞けない悩みをリスナーが代弁して、よっぴーが答えてくれる。 自分だけじゃ無いんだ。そう思える。 スマホを手に取り画面を開くと、グループLINEのトークが稼働していた。明日提出の宿題についての質問から始まり、途中からクラスメイトの容姿についてのトークに切り替わっていた。 途中で気付いた海人だけがトークに加わっていない。実里は背も高くてモデル体型、美玲は目つきがキツイけどそれが堪らないなどと男子特有のエロ談義が繰り広げられていた。 ポコポコとトークが流れているのを眺めていた。自分も加わるべきなのだろうが、どう切り出せ ばいいか分からない。 『分かる〜』 なんていきなり会話に加わって来て、鏡花のパンチラに興奮した話に急に反応したむっつりだと思われたらどうしよう。などと考えていたら、一組の内藤が上社と付き合ってるという話に切り替わった。 桜希が『マジで!?』と反応していた。 「お兄ちゃん出たよー」 部屋の外から、詩織から名前を呼ばれた。 絶え間なく流れるトークに結局付いて行けず、ため息を吐きコメントするのを諦めた。 スマホの画面を閉じて、風呂に入るために体を起こした。
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