蝉の声は聞こえない

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蝉の声は聞こえない

 目を覚ますと、見知った天井があった。  汗はぐっしょりと服を濡らし、過呼吸は少しずつ落ち着いていく。  死んでない。痛みもない。  ただ、身体がだるくて、何とか腕を動かして、スマホを手に取った。  2024年4月2日、日曜日。12時11分。  エイプリルフールでもなく、朝でもない。  呼吸を整えると、俺はなけなしの気力で身体を起こした。  俺の部屋には俺以外誰もいなかった。  ほっと俺は胸を撫でおろした。  一応、乳首が取られていないか確認するが、ちゃんと乳首は健在だった。 「はは……はははは」  思わず、笑ってしまう。  なんてことだ。ずっと悪夢を見ていたということなのか?  それにしては、何ともリアルで痛みのある夢だった。というか、まだえぐられた乳首がうずいている気がする。  いや、夢じゃないな。  俺は確かに記憶していることがある。  2024年4月1日は日曜日だ。  つまり、4月2日が日曜日なわけがない。  そして、今の状態はラストチャンスのときに投稿した嘘の通りだ。 『今日は4月2日』  俺は正しい嘘をつけたのだろうか。  それとも、まだループの中にいるのか? 「……まさか、な」  蝉の声は聞こえない。  窓の向こうも異常はない。  なんとなく、SNSの画面を開いた。フリック入力をして、その内容を投稿するべきか悩む。  指が震えていた。  それでも、俺は投稿することにした。 『今日はエイプリルフールだ』  元の世界に戻れるのだろうか。  またループするだけかもしれない。  いや、もう手遅れか。 『すでに少しなった』  かすみの冷たい声が、頭の中で反響していた。
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