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桜に蝉、砂漠
目を覚ますと、彼女と目が合った。
「おはよ」
キュートな笑顔と挨拶につられて、俺も微笑む。なんて、いい朝なんだ。
そして、今回も彼女は淡いピンク色のキャミソール姿だ。お互いベッドの上で横になり、向かい合っていた。無防備は健在だ。
これなら、キスは避けられまい。
そういうもののはず。
俺は彼女の手首をつかみ、その桜色の唇を奪わんと顔を近付けていく。
しかし……。
「もうっ、鼻息、荒いって!」
無情にも、今回もベッドから突き落とされてしまった。
え、なんで?
キスできるんじゃないの?
床に仰向けになる形で、俺はこうなった事態について、考察しなければならなかった。
前回の朝は『恋人』として彼女が現れた。キスできなかったので、今回は『キス』を望んだから、キスできるはずじゃないのか?
「なぁ、お前」
「お前なんて言わないでほしい。ちゃんと、ゆうなって呼んで?」
そうか、ゆうなって名前なんだ。なんて美しい名前なんだ。
「ゆ……ゆうな、キスしないか?」
「うーん、なんかその誘い方嫌だから、キスしない。前だって、キス下手だったし、もうちょっとわたしにスマートなところ見せてほしいな」
「え?」
予想外の事実に、俺は身体を起こして、ゆうなの顔を見る。
「だから、もっとムードを大切してほしいんだって、わかってよ」
「それはわかった。それよりも、俺のキスが下手だって?」
「下手だったよ。歯と歯が当たって、がっかりだった」
言いがかりだ! と言いたかった。
だって、俺はまだキスしたことがない。それなのに、ゆうなは俺とキスしたことになっている。
そうか……この世界線では、俺は望んだ『キス』をしたことになっているのか。
「じゃあ、ダメなのか」
「うん、ごめんね」
やられた。
そっちがそういうことするなら、強引にでも、キスした方が……。
「蜂真くん、顔が怖いよ」
「え? そんなやばい顔してた?」
「うん……なんか、今日の蜂真くん、変だし、今日は帰るね」
「急にそんな……って、待って、行かないでくれ!」
悲痛な声が出てしまう。床に座ったまま、伸ばした手は空を切る。
ゆうなはこちらに振り返ることもしないで、俺の部屋から出て行った。
階段を下りる音が遠ざかり、玄関ドアが開け閉めされた余韻が残る。
両手を床について、がくりとうなだれた。生殺しだよ、こんなの。
往生際の悪い俺は、ゆらりと立ち上がり、ベッドの枕元に置いてあったスマホを持ち上げる。
「次は、なんて投稿すればいい? 『彼女とキスした』じゃ、ダメだったから『彼女とキスをする』か? いや、それだとただの願望だな」
スマホの画面に表示されたSNSを見て、俺は次の内容を考える。
キスをするにはどうすればいい? お金があればいいか? でも、お金でオーケーしてもらえない可能性だってあり得る。
なら、いっそのこと、襲ってしまおうか。どうせ、なかったことになるだろうし……いや、よそう。なんか嫌な予感がする。
俺は窓から外を眺めた。
桜が咲いていた。陽射しが暑く、蝉が鳴いている。
道路は軒並み砂漠のような砂地になり、その上を自動車でなく、ラクダが人を乗せて移動していた。
「我ながら、カオスな世界になったものだ」
そう、ここは日本でありながら、日本ではない。
俺が歪めてしまった、とある一つの世界線だ。
「そうだ」
閃いたので、スマホにフリック入力する。
その内容を確認して、SNSに投降する。
ごく普通のSNSへの他愛のない投稿。
しかし、これが世界改変のトリガーだった。
『日本人は下着を着ないんだぜ』
キスはダメだった。なら、方向性を変えよう。
二回ともキャミソール姿だった。なら、下着を着なくなれば、つまり。
これは、大秘宝まっしぐら!
興奮が溢れてくる。妄想が捗って、思わずにやけてしまう。
クールに行こう。クールに。
ああ、正午が待ち遠しいぜ!
日曜日の朝がこれほどまで長く感じることはないだろう。
俺は空いた時間をマンガを読むことに費やした。
電子書籍を買い、読むんだ。賢いぜ、俺。
そして、気付いたら、午前が過ぎて。
朝になった。
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