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両足とも刺されてしまった。
歩くどころか立ち上がることすらできなくなった俺は、壁にもたれかかり痛みに耐えながら、刺さって立つ二つのナイフの柄を眺めていた。
抜かないのは、出血を避けるためだ。
これは正午になるか、その前に俺が死ぬかの勝負だった。
叫んで助けを呼ぶべきとも思ったが、それをして殺されない根拠はないので、我慢した。
「ねぇ、わたしの名前、思い出した?」
限界まで剝いた目は瞳孔が開いていた。なんという、怖さだ。可愛さが台無しだ。
どうやら、彼女は俺に名前を思い出してほしいらしい。
でも、それは無理な話だった。知らないのだから。
三本目のナイフをこちらに向けてくる彼女を、俺は痛みで朦朧とする中、見る。
しゃがんだ姿は油断している、と思う。それもそうか。俺は両足にナイフを刺された状態で、彼女はさらに護身用のナイフを持っているんだ。
なんとなく、ふっと笑みを作ってみる。
「学校は……いいのかよ」
「刺しちゃったから、学校になんて行けないよ?」
当然の返しが来た。彼女は目をガン開きのまま首を傾げ、その頬にナイフの腹をぺちっと当てる。それから、何か思いついたようで、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「だから、思い出してもらわないと、ね?」
そんな無理難題を言われて、ナイフをまた向けられた。
「上半身裸になって」
なんで?
とは思ったが、言わなかった。
従わなければ、殺されるだけだ。
俺は言われた通り、服を脱いで上半身裸になる。
この後、何をされるのか。薄々勘付いてはいた。
「……やれよ」
これは、我慢比べだ。
彼女が満足するか機嫌を損ねるまで、殺されない。
正午になって、朝にループするまで粘ればいい。
「いいね。いっぱい、あそぼ?」
どうやら、お気に召したようだ。
さて、どこが刻まれるのか。腕か? 胸元か? それとも腹か?
どこにナイフを突き立てられようが我慢する覚悟をする。
すると、彼女は俺の乳首をちょいとつまんだ。
「は?」
訝しむ俺に対し、彼女はニヒッと下卑た声を出す。
そして。
スパッと乳首が切られた。
ッ!?!?
あまりの手際の良さに、痛みとかよくわからなかった。
だが、切り取った俺の乳首を物珍しそうな顔で眺め、じゅるりと唇を舐める彼女を見て、俺は戦慄した。
「おいっ……!?」
パクリと、一口。
俺の呼びかける声など気に留めず。
彼女はその乳首を食べてしまった。
「うーん、これが蜂真くんの味かぁ」
ごくんと嚥下して、ニヤァと口角を上げる。
もはや、その顔は獲物を捕食する化物のそれだった。
逃げないと……。
足を動かす。しかし、激痛で上手く動かせない。
覚悟? 我慢? そんな余裕かましている場合じゃないだろ!
痛みと恐怖で混濁する頭で、俺はパニックになっていた。
そこに、ザクッと俺の頬をかすめ、壁にナイフが刺さる。
「だめだよ、逃げちゃ」
四本目のナイフをポケットから取り出して、彼女は気味が悪いほど首を折るように傾げる。
とっさに、壁に刺さったナイフを引き抜こうとするが、びくともしない。なんだよ、これ。人間の力じゃねぇ……!!
「い、今、何時だよ」
「? 八時過ぎだね」
彼女はスマホを見て、時間を教えてくれる。ちなみに俺のスマホは没収されているため、見ることはできない。
というか、まだ八時なのかよ。正午まで遠いっ!
「まあ、ゆっくりしようよ。蜂真くんの家族は今日、誰もいないんだし」
そう、この世界では両親は旅行に出かけていることになっている。月曜日なのに旅行って、おかしいだろと思ったが、そもそも俺が今日両親いないと以前投稿したんだった。最悪だ。
助けは来ない。
いっそのこと、足に刺さったナイフを抜いて、出血多量で意識を飛ばしてみるか? いや、さすがに死ぬリスクがあるからダメだ。
死んでもループしてくれるなら万々歳だが、試したことがない。
いろいろ考えているうちに、彼女がナイフを向けて近づいてきた。
俺は身を強張らせる。
「ふふ、怖がってる。いいよ。もっと怖がって、かわいい姿を曝してよ」
恍惚な顔して、ナイフの背を俺の下顎につんと添わせる。そのまま、突き刺せば、俺は死ぬだろう。
ごくりと唾を飲み込む。彼女の瞳から目を離せず、硬直すること数秒。
ナイフは下にすうっと動いた。
ざくっ。
「うっ……!?」
声が漏れた。乳首の切り取られた部分をピンポイントに軽く刺され、痛覚が異様に刺激されたのだ。
そして、ナイフを捩じるようにぐりぐり回し、執拗に痛みを与えてきた。
「ぅぐぁぁぁああああ……」
一度、ナイフが離れる。彼女は血濡れたナイフの先と俺のえぐられた傷を交互に見てから、なぜか真上を向いた。
「うーん、なんか違う」
子供が他の何かに気を取られながら、手に持つ棒付きアイスを舐めるように、彼女は真上を向いたまま、ナイフの先端についた血を舐めた。
それから、また俺の方に顔を向けて、ナイフの先端をしゃぶる。
そして、何を思ったのか、彼女はんべっと舌を出し。
二又になるように舌の先端を切った。
「うぐっ!?」
自傷行為。俺は意味がわからず、呆然と彼女の奇行を眺めていた。
「だぁ~っ!!」
口をだらしなく開けて、ぼたぼたと血の混じった唾液を垂らす。
その気色の悪い唾液を塗り込むように血だらけの舌でナイフを舐め、「うんっ」と満足そうに頷いた。
「わたしの血を蜂真くんにいっぱい入れたら、名前を思い出してくれるよね!」
もう、もはや驚く気力もなかった。
楽し気な鼻歌とともに、ナイフが俺の身体を何度も何度も何度も切り刻む。
地獄のような時間が何時間も続いた。
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