ラストチャンス

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ラストチャンス

 はっ、と目を覚まし、俺はベッドから飛び起きた。  慌てて、服をまくり上げ、自分の乳首があることを確かめる。  ちゃんと……ある!  はぁ……とため息に似た安堵の息を吐き、俺は彼女と目が合い、ギョッとする。  制服を着た彼女は俺の部屋の隅っこで、両膝を抱えるように座っていた。 「針崎蜂真は幸運だ。正午までに起きられた」  感情の読めない声で、彼女はよくわからないことを言った。 「襲って……来ないのか?」 「時刻は11時28分をお知らせする」  会話は成立しなかった。 「名前は便宜上、かすみと名乗る」  しかも、すごい淡々とマイペースに喋る。  状況が全く読めない。 「なぁ、お前は俺を殺す気でいるのか?」 「わたしはラストチャンスと呼ばれてもおかしくない。不服ではある」  質問に答えているのか?  別のことを言っているのか?  全然、判断できない。でも、ラストチャンス?  なんとなく、次のループで俺は死ぬと言っている気がする。  つまり、この朝の限られた時間で、ループを脱出しなければならないのか。  かすみは続ける。 「嘘を投稿しないのは、二回目。一回目で過ちを悟らなかった。わたしは二回目を司る警鐘。正しくない嘘を重ねた針崎蜂真は、最後に正しい嘘を投稿しなければならない」  正しい嘘?  何のことだ?  とにかく、やるべきことはSNSに投稿することだけはわかった。  俺はスマホを取り出し、画面を見る。  202?年4月1日、月曜日。なぜか年の数字が『?』に文字化けしていた。  エイプリルフール。その日の午前なら嘘をついても許されるという年に一度のイベント。  このループは、俺が『春なのに蝉が鳴いているぜ』と嘘の投稿をSNSにしたことから始まっていた。  嘘が本当になることを目の当たりにした俺は、実験で道路を砂漠に変えることで効果を再度確かめ、何も投稿しなくてもループすることを確認した。  そして、『俺に可愛い彼女(恋人)がいる』と嘘をついた。  その結果、名前の知らない彼女が俺の部屋に現れたわけだ。 「針崎蜂真は欲に流された。その罪をさらに重ねることを我々は歓迎している」  また、妙なことを言ってきた。  我々? 他にも何かいるのか?  コンコンと窓の方から音が聞こえた。  振り向くと、そこには。  彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女彼女。  二階のはずなのに、そこに無数の彼女の顔が万華鏡のようにこちらを覗いていた。 「これは善意」  これが善意?  意味がわからない。 「意味がわからない」  え? 「え?」  同調した……のか? 「同調した……のか?」 「「「「「「「「時刻は11時44分をお知らせする」」」」」」」」  窓の向こうで、無数の彼女たちが時刻を告げる。  つまり、あれか。 「そうだ、あれだ。針崎蜂真は我々になる。すでに少しなった。そして、永遠にループするエイプリルフールの朝を探索する我々になる」 「我々「我々「我々「我々「我々「我々「我々「に」なる」なる」なる」なる」なる」なる」なる」  わけがわからない。ただただ、怖い。  俺はスマホに嘘を入力しようと、指を動かす。  しかし、指が震えて上手く入力できない。  そもそも、正しい嘘ってなんだよ。  嘘は嘘だろ!  心臓がうるさい。  耳鳴りがする。  呼吸が苦しい。  頭がくらくらする。  エイプリルフールを永遠にループするなんて、冗談じゃ……。  そこで、スマホの時刻が11時57分になっていた。  意識が遠のくような酩酊状態の中。  俺は嘘を……。
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