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間違いない。こいつは狸だ。
『じじい、ばばあ汁』は狸の言うやつだ。
「お前、狸なのか? 」
「やーい!! じじい、ばばあ汁 … 」
「いや、もういいから。狸なのかって? 」
「 … どう見えます? 」
「そう言うのいいから。用がないなら帰れよ」
何も言い返さないところを見ると、どうやら狸で間違いはないらしい。
帰れと言われて、少し悲しそうな顔をした。
「そんな事より、食べたよね? ばばあ汁」
『ばばあ汁』も気になるが、それより何より否定しておかねばならない事がある。
「まず言っておくが、四十代はじじいではないだろ? 」
「いや、じじいでしょ? じじいですよ? 加齢臭もしてるし」
言われて咄嗟に、首を傾げて体臭を確認した自分が情けない。
「大体、うちの奥さんなんて、当時まだ三十代だよ? 誰がばばあだよ」
「でも、食べたでしょ? ばばあ汁」
もう狸は、その事が嬉しくて堪らないのだろう。
狸の言う『ばばあ汁』とは、奥さんを煮込んだスープの事だ。
「お喜びのところ申し訳ないんだけど、食べてないよ」
「いや、食べてたでしょ? 器、全部空っぽだし。まさか、食べたフリでしたは通用しないよ? 」
「食べたよ。確かに食べた。だけど、食べてないの」
「はは、どうしたの? ばばあ汁食べちゃったショックでおかしくなっちゃったの? 」
確かに、俺はおかしくなったかもしれない。
でも、それは、今ここで『ばばあ汁』なるものを食べてしまったからではない。
もっとずっと前。あの時からおかしくなってしまっているのだ。
「うちの奥さんはねぇ、十年も前に死んじゃってるの。もうとっくにこの世にはいないの。
だから、お前さんがどう頑張ったって俺に『ばばあ汁』を食べさせる事はできないの」
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