是非は引っ越してみなけらば分からない。

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 田舎に引っ越した。  都会からは高速を飛ばしても二時間かかる。  水田に囲まれ、夜は蛙の鳴き声しか聞こえない、街灯もないクソ田舎だ。  それでも、いや、だからこそここを選んだ。  そもそも、引っ越しなんぞ、人生でそう何度もするものではない。  子供の頃に親の都合で三度も転校を経験し、自分が環境の変化にどれほど弱いかを嫌と言うほど思い知らされた。  思えば最初に住んでいた田園風景が一番しっくり来る。  都会はもういい。たくさんだ。  夜でもあかあかと電気が点いていて落ち着く暇が無い。  思い切って転職もして、車で通える範囲のコンビニで雇われ店長をやっている。  午後十時に遅番の大学生と交替。雑務を処理して、帰宅したのは日付が変ってからだ。  玄関の引き戸を開け、中からの聞き慣れた声に一瞬ビクッとする。 「恭ちゃん、おかえりぃ」 「帰ってたの? 」  羽織っていたジャケットを脱ぎながら、台所にいる妻の後ろ姿に声を掛ける。 「やだ、帰ってたって何? 私、ずっとここにいますよ」  見当違いの返答に、返す言葉がみつからないでいた。  そうだった。最後の方はこんな感じでいつも会話が噛み合わなかったな。 「ご飯、できてるけど、食べる? 」  食卓に次々と温かいおかずが並べられる。  とは言っても、ご飯と汁物と肉炒め程度だが、それでも、出来立ての温かい手料理を食べるのなんて何年ぶりだろうか。  とてつもない違和感を感じながらも、誘惑に負け、箸を付けた。
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