37人が本棚に入れています
本棚に追加
大人たちは、困り顔になり、こそこそと話し合いを始めた。
だれも見ていないと思えば、いくら良家の従僕たちでも、桃を勝手にとってしまうかもしれない。ただでさえ、収穫が減って困っているというのに――。
沐陽は、背中の籠を背負い直すと、わざとガサガサと音を立てて立ち上がった。
大人たちは話をやめ、同時に彼に目を向けた。
「な、何ものだ!」
剣の柄に手を掛け、護衛役と思われる若い男が、女の子を隠すように前に出た。沐陽は、服についた枯れ草を払いながら、わざとおっとりとした口調で答えた。
「おれは、この果樹園の持ち主である暁東の孫の沐陽です。桃が欲しかったら、爺ちゃんのところへ行って、きちんと値段の交渉をして買い取ってください!」
「な、なにを言う! こ、こちらのお方をどなたと心得る、このお方こそ――」
「それ以上言ってはなりません、宇軒!」
大人たちの中で、最も年嵩に見える女が、護衛役を黙らせた。
そして、沐陽に笑顔を向けて交渉役を引き継いだ。
「われらは、急いでいるのです。できれば、今すぐ桃を手に入れたい。そなたの言い値で買い取りますゆえ、値を申してみなさい。桃は一ついくらですか?」
「一つじゃダメ、三つ、いえ四つよ!」
女の子が、大きな声で横槍を入れた。
女は、女の子を一瞬睨んだが、すぐに言い直した。
「あらためて申します。桃は四つで、いくらになりますか?」
沐陽は、大人たちに平然と命令を下す女の子を面白そうに見つめていた。
桃を食べさせてやりたいなと思ったが、彼には桃の値を決める資格はなかった。
「おれが、勝手に桃の値を決めることはできません。そんなことをしたら、爺ちゃんに叱られます。でも、背中の籠の傷ついた桃なら、おれに任されているものだから大丈夫です。村の市場に出している値で売りますよ。風に落とされて皮に傷がついていますが、味は変わりません」
大人たちは、また相談を始めた。
傷ついた桃だが、味は悪くない。五個で銅貨一枚が村の市場の相場だが、どう見ても銅貨など持っていなさそうな連中だった。
銀貨や金貨を出されても、沐陽には手持ちがない。つりは渡せない。
最初のコメントを投稿しよう!