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まだ十にもならない正一には難しい言葉だったのか、ぽかんとしたまま目の前の子供は首を傾げた。後ろから見えた妹の寝顔には乾いた涙の筋が見えて、随分と長い間ここで正一は妹をあやしていたのだろうと修造は思った。
「でも、よかった! 修造が帰ってきて! あれからおばさん、すっごく泣いてたから」
「ん……そうか」
子供の純粋な笑顔にたじろぎ、目線を泳がせる。籠の中にある柿が目に入った。
「ああそうだ、正一、柿いるか柿」
「柿?」
右手に一個、左手に一個、抱えた腕の中にさらに数個柿を押し込む。
「わ、いい匂い! 修造、山ではもう柿が取れるの?」
「いや、狐がくれた」
「へえ……あんな大きな屋敷建てて、夏なのに柿が食えるなんて、狐ってすごいんだなあ。昨日も車だったし」
「そう、だな」
家の中に戻っていく正一を見送り、修造は山の上を見上げた。今日行こうとして行けなかった狐の屋敷が、村を見下ろすように立っている。
(あいつ、今は一人なのかな)
広いがしんと人気のなかった屋敷の中を思い出し、修造は何となくそんなことを考えた。
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