秋、新月の夜

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 そういう事か。納得しながらも否定する。ふうふうと息巻く権治は、手負いの獣のように見えた。 「ふざけんなよ権治、お前正一見つけてもらっといてその言い草かよ!」  人垣の向こうから、貞宗の声がした。 「殺したはいいけど大事になったから怖気づいて、見つけたふりをしたんだろっ。それに貞宗、お前だって見てただろ、修造の奴、真っ暗闇の中を明かりも持たずに平然と歩いてただろうが! あんなん人間にできることじゃねえよ!」 「うるせえ! 毎日山に入ってたらできるようになんだよ! だいたい暗い山道を歩けることと正一を殺すのとは何の関係もねえだろうが!」 「じゃあなんで正一はあんな姿だったんだよ、狐以外の何に食われたってんだよ」 「知るか! 猪かなんかだろ!」 「やめろ貞宗、こんな時に」  宗二郎の呆れたような声に続き、取り押さえられるような物音が続く。くそ親父っ、という悪態を最後に、貞宗の声が聞こえなくなる。 「どうした修造、図星か?」  修造に向いた権治の銃口はぶれない。撃てるのか、と思った。 (羨ましいな……)  権治の気が晴れるのなら、いくらでも撃てばいい、と思った。自分にはできないから。 「……あいつは、力を貸してくれただけだ」  修造のことをどう思おうと好きにすればいい。だが、狐のことを悪く言われるのは腹が立った。 「そりゃ貸してくれるだろうよ、お前とグルなんだからな」  狐は親切に助けてくれただけなのに、そんなことを言われなくてはならないのか。あのあと礼を言いに山に入ったが、その時も姿は見せてくれなかった狐のことを思うと、冷たいような、苦しいような、なんだか変な感覚が胸の奥あたりに広がった。  軽い気持ちで頼みごとをしたばっかりに、とんでもないことになってしまった。 (オレのせいだ……) 「おい、そうなんだろ! なんとか言えよ!」 「グルなんかじゃない。ただ……あいつが親切だっただけだ」 「そんなわけあるか!」  権治の目は、冷たい光に満ちていた。自分の信じたいことしか信じない、強い意志が見て取れた。少し前の自分だったら、やはり同じように振舞っていただろうと感じた修造は、何も言えなくなって息を呑んだ。 「だんまりかよっ、くそっ、この化け物がっ」 「修造!」  ずどん、と音が響いた時、修造は衝撃と共に空を見上げていた。撃たれたか、と思ったがそこまで痛くはない。不思議に思いながら体を起こすと、目の前をふわりと赤い尻尾がかすめていった。  狐だった。  修造を突き飛ばした狐が、代わりに権治の前に四つ足で立っていた。ぼたりぼたりとその胸から、毛皮より赤い鮮血が滴り落ちている。その向こうで、提灯を持っていたはずの男が尻餅をついていた。 「狐!」  修造の声には答えず、ぐるるう、と普通の狐の倍以上ある体躯を震わせて狐は唸った。ぶわりと体中の毛が逆立つ。 ひぃ、と小さく漏らした権治が、気圧されたように数歩後じさって、その場にぺたりと座り込んだ。 「おい、撃たれ……血……」  紅色の、血と同じ色の目で権治を睨みつけてもう一唸りし、狐は身を翻した。葬列の上を大きく飛び越え、村の端にある華燭山へと走り去る。 「赫っ……!」  狐の名を呼び、転がるように修造は雪の上を走り出していた。点々と赤い跡を垂らし、よろつきながら遠くに消えていく狐を追う。手負いでも修造とは比べ物にならないほど速い狐の背中は、あっという間に木々の間に陽炎のように消えてしまった。  山の裾まで着いたときには、すでに修造の息は上がっていた。ぜいぜいと空気を大きく吸い込んでも、苦しくて全く息ができている気がしない。狐の足跡は時折大きく乱れつつも、まっすぐ進んでいた。修造に来て欲しいと思っているのか、それとも足跡を隠してねぐらに帰るほどの力すらもう残っていないのか。雪の上にぼたぼたと垂れ、木に掠れる泡混じりの真っ赤な血が痛々しく、見るたびに修造は自分が撃たれたかのような――あるいは、それよりも激しい痛みを感じていた。慣れ親しんだ山のはずなのに、焦る気持ちで足がもつれ、何度も転びそうになる。  いつか見た豪邸が目の前に現れたのは、竹藪の中をかき分けながら進んですぐのことだった。薄く空いている門の間をすり抜けて開けっぱなしの玄関を上がると、またしんとした空気が修造を出迎える。ただ、今回はそこに点々と赤色が垂れている。  血と雪の跡を追って襖を開けていくと、がらんと広い部屋に行き当たった。隅にある、白い布の塊から力なく尻尾が伸びている。近寄ると、白い打ち掛けにくるまるようにして大きな狐が目を閉じて横たわっていた。下に敷かれた白無垢が、まるで最初からその色だったかのように鮮やかな赤に染まっている。 「赫、おい、赫……なんで……何してんだよ、馬鹿だろ、お前、なあ」
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