秋、新月の夜

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 横に膝をつくと、うっすらと狐が目を開けた。鼻先が修造の膝に当たる。細く息をするたびに喉の奥でぜろぜろと音がした。 「ああ……うれしいな。しゅうぞうが………なまえ、よんでくれた……」 「赫……」  撃たれたのを見ていたのに、血止め薬も手ぬぐいも準備していない。何も考えずに飛び出してきてしまったことを後悔しながら修造はその頭に手を置いた。雪と泥に濡れ、ぺたりとしてしまった毛並みに沿って手を動かす。 「おい、薬とかあるか」 「……ない……」 「だよ、なあ……ちょっと待ってられるか、ヨモギでも取ってきてやるから。ないよりはいいだろ」 「やだ……やだよう」  きゅう、と赫は鼻を鳴らし、前足を少しだけ動かした。畳に爪が引っかかってカリリと音を立てる。 「そばに、いてくれよう……なあ、しゅうぞう……」 「……わかった」  いくつか部屋を探すと、押し入れに入れられたままの布団があった。実家のものとは比べ物にならないほど分厚くふわふわとしているそれを抱えて戻り、赫の横に敷く。着ていた羽織を引き裂いて傷の上に巻き、心ばかりの手当てをした赫をそこに寝かせた。  自分も隣に潜り込んだ修造は、傷に干渉しないように気をつけながら血や溶けた雪で濡れた毛皮に自分の体をくっつけた。ゆっくりと背中をなでてやると、安心したように赤い耳が伏せられる。 「……ごめんな」 「ん……ううん……ありあと、ね」 「何がだよ……ああ、いい、もう喋んな」  修造がそう言うと、赫はふう、と幸せそうに息を吐いて目を閉じた。一瞬焦った修造だったが、ぜろぜろと息をする音がまだ聞こえてくることに気づいて安堵する。 「……優しいんだな、赫は」 修造のせいで死ぬ羽目になった、お前なんかに関わらなきゃよかった、と言ってほしかった。 赫がどれくらい山頂の石の中にいたか知らないが、村の誰も石に閉じ込められたところを見たことがないのだから、そう短い間のことではないはずだ。やっと出てきたと思ったら嫁の人選を間違えたせいで殴られるし、挙句ちょっと親切心を出したら銃で撃たれてこの様である。 (とんでもねえな……主にオレのせいだけど)  きっと乾いていればふわふわで温かいであろう毛皮は、今はしとしとと冷たい。くっついた修造の着物も水分を含み、冷たくなっていく。 「おやすみ、赫」  この家だってだだっ広いだけだし、きっと、ずっと一人だったに違いない。せめて最期は、そばにいてやろう。償いにはならないだろうが、今の修造にできることはそれしか思いつかなかった。  次は幸せになれよ、と祈りながら目を閉じ、頬を寄せる。表面は冷たいが、その芯にはまだ温もりが感じられる。  ぱさり、と屋根から雪の落ちる音がした。
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