積もる雪、先行く尾

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「それに、どう思われているか分からないなら尚更、ぼくのことをちゃんと知ってもらいたい。こうやって人の姿にもなれたし、修造の家族や親類にも認められたいんだ」 「んん……」  深い紅色の目にじっと見つめられ、修造はたじたじとなった。昔は狐なんてどいつもこいつも憎らしく信用ならぬと思っていたくせに、なんてことだろうと自分でも思う。 「わ、分かったよ……危なそうだったらすぐ帰るからな」  権治のように猟銃を抱えて走ってこられてはすぐ帰るもへったくれもないが、一応そう言っておく。  いつもよりおこげの多いご飯を食べ、土中に保存していた大根を何本か赫に掘り出してもらう。雪靴を履いていると、長羽織になった赫が修造に絡みついてきた。 「これならあったかいし、また何かあっても修造のことを守れるだろ」 「……ありがとな」  この状態で撃たれたら二人揃ってお陀仏なのでは、と修造は思ったが口にはしなかった。赫が独りで死んでいくのを見るくらいなら、そのほうがマシな気がしたからだ。  昨日赫が掘った道の上を、かんじきで踏んで歩く。 「赫、お前餅はどうやって食べるのが好きなんだ?」 「わかんない」 「わかんないって何だよ」 「食べたことないから、お餅」 「あ、ああ……そうか」  返す言葉が見当たらず、修造はただ肩口にある赫の鼻先を撫でた。自分の後ろで、ふさふさと四本の尻尾が揺れるのを感じる。 「搗くのも楽しみだなあ、二人でぺたん、ぺたん、てやるんだろう?」 「……そうだな」  別に貞宗は赫を誘ったつもりはなかっただろうし、仲間意識とかそういった理由ではなく人手を増やして自分が楽をしたいだけだろう、と修造は睨んでいた。 (まあ……喜んでるなら、いいか……)  話しているうちに山の下に出る。村の様子は、雪が少し増えたくらいで、正一の葬儀の日とほとんど変わらないようだった。村の外れにある修造の実家につくと、餅米が蒸される匂いが家の外までしてきていた。家の戸を叩いたものの、ただいま、と言うべきかこんにちは、というべきか分からない。 「あー……どうも……」  結局曖昧にもごもごと言いながら扉を引くと、大きく目を見開いたトヨが土間でせいろの前に立っていた。するり、と赫が修造の方から滑りおりて人の形になる。 「修造! と……?」 「お久しぶりです、赫です!」 「はあ……」 「あ、あの、狐です、赫は。あと餅にかけるのにいいかと思って大根持ってきたんで……」  背負ってきた大根を手渡しながら言う。目をぱちぱちとさせるトヨの横の襖が開き、貞宗が顔を出した。 「お、来た来た。ほらおっ母、言っただろ、修造がいたから呼んどいたって」 「き、聞きはしてたけどまさか本当とは思わないじゃないか!」 「何だよそれ!」  憤慨する貞宗の向こうから、「おい修造、来たのか」と宗二郎の声がした。 「っ、はい!」  体についた雪を払い、赫を手招きして座敷に上がる。囲炉裏の隣、布団の上に宗二郎が寝そべっていた。 「あつつつ……」 「あ、そのままで!」 「すまん……情けないな、全く」  身体を起こそうとする宗二郎を制止し、枕元に赫とともに座り込む。やはり訝しげな顔で赫を見ているので「赫です。あの……狐の」と紹介する。 「お久しぶりです。おかげさまでここまで化けられるようになりました」 「はあー、別嬪さんに変わるもんだなあ」 「んっふふう」  呆気にとられたような宗二郎の言葉に赫は恥ずかしそうに首をすくめ、耳を揺らした。 「あの……すみません。突然いなくなったりして、ご迷惑おかけしました」  修造が頭を下げると、「ん」と宗二郎は頷いた。 「……お前たち二人が無事なら、それでいい」 「ありがとうございます」  あの時は他のことなど考えられなかったが、きっと修造と赫がいなくなった後は大騒ぎだったに違いない。心遣いに感謝しながら更に頭を下げると、「やめろやめろ」と宗二郎は手を振った。 「今日は手伝いに来てくれてありがとな。俺はこんなんであれだけど……せめて好きなだけ餅食ってけ」 「そうさせていただきます」 「うん、いっぱい食べる!」 「赫!」  遠慮の欠片もない赫の言葉に修造はぎょっとなって顔を上げたが、宗二郎はただ面白そうに笑っているだけだった。  ほくほくとしたもち米の粒を潰し、一塊にしたところを杵で搗く。最初はざらりとした表面だったものが段々と艶やかで滑らかなものになっていき、搗く時の音も粘り気のあるものに、その手ごたえも確かなものに変化していく。 「こんなもんかな」  杵を持つ赫の手を止め、修造は丸く輝く餅をひっくり返した。がははと笑う声が聞こえてくるのは、早くも大叔父たちが炉端で酒盛りを始めているからだ。 「どう?」 「できたー?」
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