積もる雪、先行く尾

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 赫と一緒になって覗き込んでくるのは、今年四つになる大叔父の双子の孫だ。子供だからか狐に対する恐怖心がないようで、赫のことを「ふあふあしっぽ!」と気に入っている様子である。 「うん、もういい感じじゃねえかな」  裏面も同じようにむらなく仕上がっているようだし、丁度いい頃合いだろう。少し味見してみるか、と端の方を千切ろうとしたところで、にゅっと貞宗の頭が臼の中を覗き込んできた。 「お、できたできた」  そのままひょいっと中の餅を取り上げ、座敷で餅を丸めているトヨ達女衆のほうへ持って行ってしまう。 「出来上がったぞー、これで最後の餅だよな?」 「そうよ、そこんにき準備してあっから、あんたたちも餅ば食べんね」 「おう。ほらお前ら、終わりだってよ」 「な、なんだあいつ……」  手招きする貞宗を見て、あまりの厚かましさに修造は呆然とするしかなかった。面白がった赫がほとんどの餅を搗き、返し手を修造がしていたため、貞宗のしたことと言えば時々茶々を入れてみたり、赫が暖を取るために出した火の玉をつついて指先を火傷してみたり、そんなことだけである。それなのにこの態度。完全に貞宗の思惑通り動いてしまったようで悔しくもある。 「ほら、早く来ねえと全員分も食っちまうぞ」 「あっ、それはだめ!」 「さだむね、ずるい!」  杵を置き、縁側に駆けていく赫と子供たちを追う。手渡された皿には、あんこやゴマ、大根おろしなどを掛けられた餅が乗っていた。貞宗の隣に赫が座り、その赫の隣に子供たちが座る。赫の両隣を取られた修造は、仕方なく貞宗の隣に腰を下ろした。 「いっただっきまーす」  襷の紐を取り、律儀に手を合わせた赫は、少し迷ってからまずあんこの乗った餅を齧った。びよりと伸びる様子に耳と尻尾の先がピンと立つが、不思議そうな顔をしつつ口を動かしている間にゆるゆるとその先端が下がっていく。  ぱあっ、と赫の顔が輝いた。 「おいしい!」  一言だけ叫ぶと、二口目にかぶりついている。 「よかったな」  赫の満面の笑みを見て、修造は今日ここに来てよかった、と思った。この顔が見られるのならいくらでも餅くらい搗いてやる。 「そうだろそうだろ、自分で搗いた餅は格別だからなあ」 「貞宗兄さんは何もしてないじゃないか」 「なんだよ、昨日臼に水張ったりしたの俺だぞ」 「その水捨てたのはオレだろ」  ちくちくと修造が言うと、「そこの狐ちゃんが全部餅搗いてたの、アタシも見とったよ」と再従姉妹からの援護が飛んでくる。どうやら餅を丸めつつも、修造たちのことはことは縁側越しに見ていたらしい。 「貞宗なあ、珍しく真面目にやるかな思ったら結局最初ちかーっと捏ねただけやったなあ」 「な、調子のいいやっちゃ」 「なんだよもう」  むっとした顔をした貞宗だったが、笑い声が上がるだけである。形勢不利と思ったか、「ところでさ」と無理やり話題を変えてきた。 「気のせいだったらあれなんだけどさ、赫の尻尾増えてねえ? 前は四本もなかったよな?」 「ん?」  皿に乗っていた分の餅をぺろりと平らげ、赫が四本の尻尾を揺らした。 「うん。増えたよ」 「へえ、どれどれ。ああ、こりゃ柔らかくていいねえ。こんなのに包まれて寝たらさぞかし極楽だろうな」 「やめろ、汚ぇ手で触んな」  いやらしい手つきで貞宗が赫の尻尾に触れるのがなんだか気に食わない。ゴマ餅を頬張った修造は、身長と同じくらいある尻尾に抱きつく貞宗のむこうずねを蹴飛ばした。「はいはい」とからかうような笑みを浮かべながら貞宗が手を離す。 「にしてもよ、何で尻尾が増えるんだ? 化け狐は皆そうなのか?」 「ん、んん、それはねえ……」  おかわりの餅を手にした赫が顔を赤らめ、もじもじと何かを貞宗に耳打ちする。 「……はあん、なるほどねえ……修造はそれ知ってんのか?」 「ううん、知らない」 「そうかぁ」  納得顔で頷いた貞宗は、赫と顔を見合わせた後修造の方を見てにたにたとした。実に面白くない。 「何だよ、おい」  修造が顔をしかめると、更に貞宗の笑みが深くなる。 「そのうち分かるよ、なあ」 「うん、きっとね」 「……ああそうかい」  オレが聞いたときには、尻尾が増えた理由を答えなかったくせに、と思う。なんで貞宗には教えるんだ。何なんだよ。  腹立ち紛れに強く餅を噛むが、柔らかな噛み心地にかえって腹が立つ。 「そうだ赫、それならいいもんやるよ、ちょっとこっち来な」 「え、なに?」  三皿目まで平らげた赫と貞宗は修造には目もくれず、連れ立って奥の間に消えていく。一瞬だけ空いた隣の部屋に、布団に寝た宗二郎と徳利を手にした大叔父たちが見えた。
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