積もる雪、先行く尾

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 いつの間にか餅を丸め終えた女衆も、上がり框や座敷でぺちゃくちゃと喋りながら餅を食べている。静かだな、と思った双子は餅を食べ終えて満足したのか、母の横にくっついて寝てしまっていた。修造は自分の家のはずなのに、自分だけ場違いなような、酷く落ち着かない気分だった。  赫も貞宗もなかなか戻って来ない。餅を食べ終えた修造が襖をちらちらと見ながら手持ち無沙汰に縁側の下から伸びた雑草を引き抜いたり襷の紐を巻き直したりしていると、やがて「修造」と赫の声が聞こえた。ばっと振り向くと、空いた襖の向こうでおちょこを持った赫が手招きしている。大叔父たちの酒盛りに参加させてもらっていたらしい。いそいそと移動して腰を下ろすと、「ねえ修造」と赫が修造をつついてきた。 「今皆と話してて、宗二郎さんを温泉に連れて行こうってことになったんだけど。一緒にどう?」 「……はあ?」  思わず棘のある声が出た。徳利を取ろうとする手が止まる。 「なに? 温泉? 今から? ……昨日一緒に行った所か?」 「うん。湯に浸かったら腰の痛みも良くなるんじゃないかと思ってさ」 「ふうん」  なんだそれ。なぜそんなことが修造抜きで勝手に決められているんだ。  あのお湯を見つけたのも、掘って整備したのも赫だ。修造のものではない。宗二郎を連れて行ってやろうというのもただの親切心だろう。それは分かっていたが、自分だけがこっそり教えてもらえた秘密の場所だと思っていたところに、たとえ宗二郎であろうとも二人以外の人が行くということ、しかもそれが事後承諾になっていることに納得がいかなかった。 「貞宗たちも気になるって言うし、せっかくだから皆にも教えてあげようと思って」 「みんな?」  修造は自分の耳を疑った。連れて行くのは宗二郎だけではないのか。何を考えているんだ。  綺麗だ、と大切にしていた石を取り上げられ、そこに無遠慮に手垢をつけられた気がした。拭いたらまた綺麗になるかもしれないが、汚されたという事実は消えない。 「ね、だから修造も……」 「……オレはいい」 「えっ」  にこにことしていた赫が予想外だとでもいうようにきょとんとした顔をして、それがまた腹立たしい。 「片付けとかすっから」  唸るように言い訳をすると、「あっ、そっか」とそれでも赫は納得したようだった。 「忘れてた、じゃあ片付けしてから……」 「いい、いい。遅くなるし。さっさと行ってこい」 「う、うん……」 「そいじゃ行こうぜ、赫」  わくわくした顔の貞宗が立ち上がると、狐の湯に興味があるのか又従兄や大叔父たちもぱらぱらと腰を上げる。修造の知らない間にずいぶんと盛り上がって仲良くなったようだ。 「つか、これ親父はどうしたらいいんだ」 「ん? ぼくが背負ってくよ」  さらりと答えた赫は自分より二回り以上大きい宗二郎を抱えあげ、ひょいと背中におぶった。 「おお、ちっこくても力持ちなんだな」  ふふん、と得意そうな赫を先頭にぞろぞろと立ち上がる男衆の後につき、修造も土間に降りる。 「なん? 酒飲み共がどこ行くと?」 「赫がよ、山に湯の湧いてるの見つけたって言うから、ちと見に行ってやろうと思ってな」 「はー。何もせんと昼から酒飲んで湯に浸かるとね。溺れんごた気ぃつけなね」  わらわらと玄関を出ていく貞宗たちの後ろで、宗二郎を背負って赫が振り向いた。 「……ね、修造。本当に……」 「行かない」  聞かれ終わる前に尋ねると、うん、と赫は耳を垂らして頷いた。  それでもちらちらと修造を振り向く赫と、気の大きくなった貞宗の大声が遠ざかっていくのを見送ってから戻る。蒸し器や打ち粉まみれのまな板をかたかたとトヨ達が片付けにかかっていた。 「あれ、修造は行かんかったの。赫ちゃん一人にしちゃってよかったん?」 「……知りません」  放置されていた臼を片手で持ち上げ、目を丸くしているトヨを尻目に井戸の近くまで運ぶ。洗って土間の端に干していると、襖の向こうから話し声が聞こえてきた。 「にしてもよぉ、宗二郎もよく変な狐の言うこと信じてついてくよなあ」 「いやあ、狐は狐でもあいつはただの好きもんだろ」  赫について行かず、宴会を継続している親類たちの声だ。修造も一緒に行ったと思っているのだろう。 「好きもん? どういうことだ」 「いやだってお前、考えてみろよ。自分が化け狐だったらどうする? あんなよお、愛想がねえ上に鉄砲も撃てねえ修造なんかじゃなくて、『村の若い女を日替わりでよこせ』とか言わないか?」 「ああー、確かにそれは……そうだな」 「だろ? それを『修造が欲しい』だぞ? 今日だって見てりゃずっと修造にまとわりついてるし。しかもあいつ、修造が撃たれたときそれをかばったんだろ? ただ修造が好きな変わりもんなだけで、悪い奴ではないんじゃないかと俺は思うけどな」
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