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オルゴールを開けると音色に合わせて踊る人形のように、キレイな回転だった。様々なドレスを着せてあげたい。
(俺の財力なら沢山のドレスを買ってあげられるし、靴だって、髪飾りだって、贈ってあげられる……)
ほんの数秒間で脳裏に浮かんだ為、自分らしくない思考だという事にイアンは気付かない。
「でも、パーティいきたかったから、アンにないしょでおそとにでたの」
アンにはないしょね、と唇の前に人差し指を立てて。しーっとする。イアンはコクリと頷いた。
「でも、つかれちゃった」
「……それで休んでたのか」
「やすんでたんじゃないの! かくれてたの!」
頬を膨らませた少女にイアンは謝った。
「誰から隠れてたんだ?」
「……アン」
「アンは心配しているだろうな。こんな夜中に家を出て行ったから」
「でも、いきたかったんだもん」
「……どうして行っちゃ駄目なんだ?」
「あぶないからって」
「あぶない、から?」
「ゆうかい? されちゃうから、ダメって」
アンはどうやら心配性らしい。しかし、アンが心配するのはしょうがなく思えた。世の中に幼い子供を見て興奮する異常者は居る。そんな変態にとって、この子は良い獲物だろう。そんな変態から少しでも遠ざけようと思ってアンは少女に見ず知らずの人間に、名前と家を簡単に教えるな、と教育を施したのだ。
(ベッドに居ない事に気付いたら気が気じゃないだろうな)
今頃探し回っているのかもしれない。
子供の足でここまで来れたなら、そう遠くないはずだ。門番の目をどう欺いて城内へ入ったかは未だ謎だが……。
(ん? 待てよ?)
この俺が、この子を見て「可愛い」と思った──って、それって俺も小児性犯罪者に片足突っ込んでいると言えないか?
今まで知りえなかった自分の性癖に、「そんなまさか」と青褪める。その心配のせいか、少女がどのようにしてこの城へ入ったのかという疑問点は彼の中で消え去ってしまった。
(このままでは自分はこの子に危害を与えてしまうのでは……?)
白いドレスの裾を握り締めて、クルクル回る姿を見て、性的興奮を覚えない自分にイアンは胸を撫で下ろす。「可愛い」と思うも傷つけたい、なんぞ思わない。連れて帰りたい、と先程まで誘拐まがいな事は確かに頭に浮かんだが、あれは、保護したい、甘やかしたい、と思ったのだ。えー、庇護欲か?
この子には、綺麗な場所で過ごして欲しいし、綺麗な物だけを見ていて欲しい──やっぱり庇護欲だ。
クルクル回っていた少女が、回るのを止めて空を仰いだ。イアンもそれに釣られて空を見上げた。月夜に星が輝いている。遠くでしっとりとした曲が奏でられていて、少女から音楽の曲名を訊ねられたイアンは少女に教えてあげる。少女は何度も曲名を口の中で呟いた。
「好きな曲か?」
「おかあさまが、よく、くちずさんでたの」
舞踏会用に作られたその音楽は、しっとりとした曲調だ。ラストダンスに使われる音楽だった。もうすぐ舞踏会はお開きになるようだ。
「おとうさまと、おかあさまがはじめておどったきょくだって」
「おかあさまからきいたの」と少女は懐かしそうに目を細めた。
「ちかくでききたかったの」
「だから、行きたかったんだな」
「うん。それとね、おかあさまね、このきょくで、わたしがおどっているの、みたいっていってたから」
「だから踊りたかったのか」
「うん」
「おつきさまにみえるかなって」と月を見つめる瞳は寂しそうだった。
「だったら、ここで踊って見せたらいいさ」
「どういうこと?」と首を傾げた少女にイアンは続けた。
「会場で踊ったら、屋根に隠れてお月様は見えないだろ? だったらここで踊れば、お月様の真下だから見える」
イアンは地面に片膝を付いて、少女を見上げた。パチクリと瞬きをする少女と目が合った。
「それって、きしのちかい?」
動作が似ているのだろう。
「騎士の誓いをするのに、道具が足りない。貴女をダンスに誘おうと思っただけだ」
少女に利き手とは逆の手を差し伸べた。「貴女に害は与えません」という意であり、利き手は心臓の上に置く。
イアンがしている簡易なものは、スェミス大国では男性が女性に求婚をする流行りのポーズではあるが、男女の流行に疎いイアンが知る由もない。
少女の右手がゆっくりと上がり、イアンの指先に触れる手前、パッと引っ込んだ。
「アンがね、はじめてのダンスはだいじだから、しらないヒトとおどっちゃダメって」
短い時間しか過ごしていないが、仲を深められたと思ったのは自分だけだったと知ってイアンの胸はチクリと痛くなる。短い時間だけではアンの壁を超える事は不可能のようだ。
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