遅い初恋

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 イアンは無表情で何を考えているか分からないが、サーレンにとっては実に分かり易い。その目の奥に自分に対する対抗心が見え隠れしていたし、ほんの微表情で自分にライバル心を抱いている事くらい簡単に読み取れた。これは全員が出来る訳ではなく、軍生活が長いサーレンだからこそ出来る技である。イアンと言う男は王族でありながら、軍隊に入隊した。不愛想でコミュニケーション力が欠けているせいで敵は多いが、その反面、好意的な人間も多い。自分だけの力で実績を残し、努力をする彼は評価に値する。サーレンはイアンの事を嫌いではなく、むしろ好意的だった。イアンから好かれてはいないが。 「ライバル心ではないかな?」 「そんな目ではありません!」  ユングはオーバーに両手を広げた。それから身振り手振りで語り出す。 「将軍はお忙しい方ですし、本部に居る事は稀ではありますが……私はイアンの近くに居ますから、常に様子を見ています。噂が立つ前から様子がおかしかった」 「どのように?」 「ネロペイン帝国から帰って来た彼は、こう……呆ける事が多くなりました。上の空が多いと言いますか。ふと夜空を見上げては、溜息を吐くんです。良いですか、あのイアン・ジョー・グゥインがです! いつも無表情で何を考えているか分からない男がアンニュイなんです」 「アンニュイ?」 「そうです」とユングは勢い良く頷いた。 「そんな彼ですが、任務はそつなくこなしますし、普段と違う様子でしたが周囲は気にも留めませんでした。それが将軍はここ最近は本部に居る事が増え、そこからイアンは一点を見つめる事が多くなりました。──で、現在に至ります」 「私にどうしろと?」 「噂を一蹴して頂きたい」 「話はするとして」  フー、と息を吐いてサーレンは頬杖を突きながらユングに訊ねた。 「何故、彼は私を熱が篭った目で見つめる、と君たちは思う?」 「それは……」 「私がイアンと話をしたら、その噂が消えるという保証はあるのかい?」  確かな事は分からずユングは口ごもる。サーレンへ報告する内容は必ず確かな物ではないといけないし、それが何故正しいのか、という証拠を提示、そして提示したとしてもそれを自分の口で説明出来なければ将軍は納得しない。  その答えが「将軍に惚れている」でも、その証拠を提示出来なければならなかった。ただイアンの顔を見て「将軍に恋しています」ではただの憶測であって、物的証拠でもなんでもないのである。イアンに証言を取ろうにも彼は自覚がないのだ。  濃い顔が答えを見つける事が出来ずにパーツが中央に寄って行くのを見てサーレンは肩を竦めた。 「自分の目で確かめよう。イアンがいつもと違う様子であるのに私は気が付かなかったしね」  殺意が含まれていない気配を気にも留めなかった自分にも非がある。  イアン少尉とは何度も話した事がある。つい最近ではネロペイン帝国からの招待状を受け取ったが自分は不参加となり、その件で彼とは話をした。本人は無表情で感情は読みにくかったものの、よく観察すれば、金色の瞳の奥は「行きたくない」と出ていたし、「しょうがなく行く」という感情が読めた。イアン少尉を「何を考えているか分からない」と殆どの人間は言うが、よく観察すれば、彼は分かり易い部類の人間だ。無表情の下に国王や王太妃への敬意が見える。彼ほど愛国心に溢れた男は居ないし、弱き者に対して力で捻じ伏せるような事は決してしない。と言っても弱い訳ではなく目的の為には手段は選ばない──だから、私は彼に嫌われていても、私はイアンの事を嫌いではなかった。 「視線の先の正体を見てみるよ」  そう言ったサーレンの言葉を聞いてユングがホッと胸を出下ろしたのが分かった。こういう見るからに分かり易い男も嫌いではない。  ユングは入ってきた時とは逆にすっきりとした晴れ晴れしい表情をしながら敬礼をして、部屋を出て行き、居なくなった後の扉をじっと眺めながら、執務席の背凭れに寄り掛かって天井を仰いだ。 (人の噂は四十五日と言うし、暫くしたら消えると思うが……)  自分の目で確認しなけば何とも言えないが……本当にイアンが私に恋をしているのが事実なら、王太后が知ったら何と言われるかな──……。  軍隊と王族が束ねる騎士団はお互いの組織に介入しない事を条件に、上手く均衡を保っている。今まで一度たりとも王族が軍に意見を述べた事などないし、その逆も然り。イアンが軍隊へ入隊し、彼が戦地へ送られてもイアンの兄である国王とイアンの義母のジェシカは口出ししてこなかった。しかし、この噂が王太后の耳に入るか、それとも万が一イアンが戦死したら、二つの組織はどうなるか──……。
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