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「男だからと言って、魔女の資格がないわけじゃない。だから、俺の事は魔女と呼べ」
「決して魔術師なんかと一緒にするなよ、あんなの手品だ」と魔女は言った。とんがり帽子を深く被っていて表情が見えないが、見なくても口調で侮辱しているのは分かる。しかし、それを指摘出来る程、イアンは魔術師と魔女の違いが分からない。
小屋に男三人。その中の二人は軍人で背丈も高ければ平均男性よりもガタイが良い。そんな男達が座っている長椅子と木製のテーブルは窮屈そうだ。
魔女は長い脚を組んで、イアンに訊ねた。
「症状を教えてくれ」
本人はどこも悪い所なんぞない、と思っているから答えずにいると隣のサーレンから話すように促され、イアンは嫌々答えた。
「締め付けられるような胸の痛みがある」
「食欲がない」
「寝つきが悪い」
そう言い終わると否や、鼻先で笑う声が耳に入り、イアンは目の前の魔女を見た。口元がニヤついていて、どうやら馬鹿にされているようだ。いつもの能面顔でガン見するも、魔女はパン、と手を叩いて腹を抱えて笑った。
「あぁいう顏も出来るのに、無理に能面ヅラを作らなくて良いんだぞ……!」
「あぁいう顏ってなんだ?」
「しかも、無自覚……! 無自覚なのか!」
ヒィヒィと笑いを引き攣りながら、額をテーブルにつけて笑う魔女に文句を言おうと口を開いたが、サーレンに遮られた。
「あぁいう顏の原因を知りたいんです」
「……白髪のあんたはどう思っているんだ?」
「呪いをかけられているのではないかと」
「呪いねぇ」と魔女は考え深げに顎を擦った。
「普段の彼は呆けるような人間ではないんです。そんな彼の様子がおかしいとなると、病気ではない、それならもう呪いしかないと」
「私は呆けてなんぞいません」とイアンは話に割って入ったがサーレンから「黙っていなさい」と強く言われ、口を噤んだ。
「──しかもこのように無自覚なんです」
「……思い当たる節が一つある」
「一つ確認なんだが」と魔女はサーレンの顔面で人差し指を立てた。
「本当に呆けてしまう事が多いんだな?」
「そうなんです。ぼーっとしている、というよりも……」
コホン、とサーレンは咳払いをした。
「可笑しい話なんですが……私を見る目に熱が篭っているというか」
「何を言っているんだ」とイアンは戸惑った。
(いつ、どこで、誰が、誰を、熱が篭った目で見たって?)
イアンは疑問符を浮かべる。サーレンの会話について行けないし、自分ではなく将軍が呪いをかけられているんじゃないか、と思った。
「イアン、君は無意識だろうが、ずっと私を目で追っているぞ」
「それは、熱じゃなくて、敵意だ」
しん、と静まり返ってイアンは内心「しまった」と思った。「将軍に登り詰める」と口に出してはいたが、サーレンに対しての敵意、ライバル心を無表情の下に隠し通せていたのに、自分の口で言ってしまったのは、分が悪い。自分は王族ではあるが軍では貴族階級は関係なく、軍での階級全てが物を言う。ただの平軍人である自分が将軍に楯突いたとなると、下手をすれば除隊を命じられてしまう。
しかしサーレンはまったく気にしていないようで、魔術師と話を続けた。
「どういった呪いがかけられていますか?」
「呪いは一切掛けられていないぜ」
「しかし、さっき思い当たる節があると」
「ある。良いから良く聞いてくれよ、お二人さん」
魔女は席を立ち、まるで役者かのように両手を広げて見せた。口調は面白そうである。
「食欲がない、寝つきが悪い、胸が痛む、呆ける、それは全て──」
ゴクリとイアンか、それともサーレンからか……唾を呑み込む音がした。
やたらと溜めて、続きを言わない魔女に痺れを切らしてイアンが文句を言おうと口を開くも、魔女は、大きく息を吸い込んで、
「ただの恋煩い! 黒髪のあんたは白髪の男に恋をしているから、目で追ってしまうし、無意識に彼を思い出しては食欲を失くし胸を痛め眠れないんだよ!」
「そんな筈は」
「そんな筈はあるんだ。白髪のあんただって、黒髪の男が自分を見る目が恋をする目だと一目見て気付いただろ?
あんたはそれを否定したくて、医者に毒を盛られたせいだとか、魔女に呪いを賭けられているからだ、と言わせたかったんだろ? でも、俺は正直に言う。呪いをかけられた反応もなければ、魔術をかけられた痕跡もない。この男は見たまんま、あんたに恋しているんだ」
「何を言っているんだ! 俺は将軍に恋なんてしていない!」
ついムキになって声を荒げてしまう──常に冷静に居ようと心掛けていたのに。
「あんたは、隙を見ては白髪のおっさんの横顔を見つめていたぞ」
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