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(俺は、ずっと、将軍を見ていたんだ。白髪が銀髪に見えていたから。近くだと瞳の色が間近で見えたから、あの少女を思い出していたのか)
イアンの頭上に影が二つ。
「ほら、やっぱりあんたに恋してただろ?」
「この様子だと、自分の想いに気が付いたのかな」
「今まで身体を鍛える事に夢中で恋なんて知らないで、ここまで生きてきたんだろうな」
「……さっき言っていた恋を忘れる薬だけど、私が頼んだら作ってくれるかい?」
「良いぜ」
──頭上で魔女とサーレンの見当はずれな会話がイアンの耳に入ったが、イアンはそれ所じゃなかった。
今まで恋をした事がなかったから、一人の子を思い出しては胸が痛くなるなんて知りもしなかった。寝室に飾った花冠を見て眠れないのは、花冠を見つめながら、あの少女を無意識に思い出しては胸を痛めていたからだ。ビーフシチューを目にした時、胸が痛くなり、食欲も失せ、何を食べても美味しく感じないのは、あの子に食べさせてあげたい、と思ったからだ。どうしてここに、あの子は居ないんだろう──俺が、あの子の家族の事を想って連れ出すのを止めたからだ。
今のイアンには十一歳年下で六歳の少女が初恋の相手だという事に、ツッこむ余裕はなかった。
『恋』をしないと誓っていたイアンだったが、そんな誓いをした事を忘れ今この時、綺麗さっぱり忘れていた。
『恋』というものがこんなにも苦しいものだとは知らなかった。人を弱くしてしまうもの、だとは知っていたが、ここまで、恋した相手の顔を見られない事が苦しいなんて誰も教えてくれなかった。
フト、幼い頃に母上が言っていた言葉を思い出す。
『本当に好きなら、監禁すれば良かったのよ』
父親が、俺の母親に惚れていたけど、国王の側室になると言う重圧に潰されたくないと言った彼女の気持ちを汲んで、その気遣いののちに、母親は城を飛び出し行方をくらませた。孕ませられるような事はしたくせに。
『あの人に足りなかったのは、愛する女を監禁する、という決断力よ』
ここで、ロイドが母親に向けた戒める表情を思い出せば良かったものの、義母が放った言葉だけイアンはひたすら思い出す。
(どうして、連れて帰らなかったんだろう──!!)
俺が弱かったから決断が出来なかったんだ……!! あれ程、母上に肉体だけではなく精神も鍛えろ、と言われていたのに……!
(俺は、俺は、馬鹿だ……!)
イアンは魔女から頭を杖で叩かれるまで、ずっと頭を抱えたまま魔女の小屋で過ごしたのだった。サーレン将軍はさっさと帰宅しており、外はどっぷり夜の中だった。
こうして、イアンは遅すぎた初恋を自覚し……八年後に拗れに拗れた『初恋』の相手と再会をして求婚。そして結婚して、その四年後に妻から家出をされてしまうのである。
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