結婚記念日三日前

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 イアンは彼女が大好きなジャスミンの花を大量に買い占め記念日の当日、彼女の手元に届くように手配している。それからジャスミンの花を形どった宝石が付いたネックレスにジャスミンの入浴剤にジャスミンの石鹸にジャスミンの紅茶にジャスミンの押し花のしおりに……ジャスミンの名が付く物全てを買い占めてあった。イアンが住む全ての花屋はこの日の為だけにジャスミンを必死に育てる。なんせ、この日だけで一年分の生活費を稼げるのだ。グゥイン夫妻の結婚記念日は一年を通しての売上が最値を叩き出す為、ジャスミンを商売にしていなくともこの日の為だけに花屋以外の店ではジャスミンを形取った物を売り出すくらいだった。なんせジャスミンならイアンは全て買うのだから。  結婚記念日当日に向けて、やる事は毎年同じだった。昼間は二人でデートに出掛ける。デートの最中にもオリヴィアにプレゼントを贈って、ランチは屋敷のシェフが作ってくれた弁当を食べる事もあったし、店で食べる事もあった。それから帰宅したら、ジャスミンの花だらけになっている屋敷内と庭を彼女と散策し、ディナーのメニューは必ずビーフシチューを入れるし、豆料理は一切使わない。食後にリンゴを使用したデザートが出る。その後はジャスミンの花を浮かせた風呂に浸かり、ベッドで横になりながら、どちらかが眠りに落ちるまで会話をする──という流れだ。  でも、今年は何か違う気がした。  オリヴィアが初めて、イアンに欲しいものを要求したからだ。今までそんな事はなかった。  今日、仕事帰りにオリヴィアに贈る犬を飼いにペットショップへ寄った。偶然にも、毛色が真っ黒で、瞳の色が琥珀色の仔犬がいた。二人の色を持つ仔犬がいた。これは愛の奇跡としか言いようがない。 『黒犬よりも白色の方が人気ですよ、それにその犬はメスでも大きくなります』 『人気がないんです、売れ残りでして』と白犬を勧めてくる店主の意見は無視して黒い仔犬を選んだ。黒髪の人間に『黒色は人気がない』と言うなんて商売が下手な男だ、とイアンは内心思った。  店員に、結婚記念日の当日早朝に受け取ると伝え、スキップしながら帰路に着く。 (間近でオリヴィアの嬉しそうな顔を見る事ができる)  今年の結婚記念日はいつもと違う、という、ときめいた予感が胸に広がった。それはとても幸せなもので、イアンの頭はより一層オリヴィアの事で埋め尽くされたのだった。
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