結婚記念日 二日前

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 イアンとアンはバチバチと火花を散らし睨み合う。オリヴィアはイアンの隣でブツブツと独り言を言っていて、二人の不穏な空気に気付いていない様子だ。  不毛な争いを続けたイアンとアンの争いを止めたのはメイド長だった。   「そろそろ馬車に乗らなければお仕事に遅刻してしまいます、旦那様」  四十代後半で小柄なメイド長ターニャは、職務を忘れているアンの肘を小突いて注意をしてから、仕事へ行くようにイアンを促した。  オリヴィアから引き離されるようにターニャから背中を押されて外に出されてしまう。ターニャを忌々しく思いながらも、イアンは後ろを振り返ってオリヴィアを見た。 「いってらっしゃいませ、旦那様」  浮かべた笑みはいつもと変わらない。それでも物言いたそうな目に不安感を覚え、イアンは馬車に乗れずにいた。 「お仕事に遅れてしまうわ」 「しかし……」 「遅刻しますよ、旦那様」  ドン!   と、ターニャから背中を押され、馬車に放り込まれてしまう。文句を言おうと口を開いた途端、馬車の扉を閉められてしまった。  ターニャの旦那は現将軍で、彼から聞いた話だと小柄で大人しそうな佇まいな割りに筋肉しかない男の自分を投げる事ができる、との事。 「怒らせるとおっかないから、喧嘩しねぇんだ、負けるからな!」  ガハハ、と将軍が笑っていたのを思い出す。  それを聞いて他の屋敷で働いていた彼女をスカウトして、メイド長として屋敷に呼んだ。自分が留守の間、アンだけではなくオリヴィアの身を守る人数は多い方が良い、と思ったからだ。   (アンより威厳がないと言ったのは取り消す。なんて乱暴だ!)  自分より背丈がある男を一突き押しただけで動かせるなんて、自分より腕力があるのでないか、と思ってしまう。しかしながらも、彼女を雇って正解だった、とも思う。  ターニャが合図をして御者が二頭の馬に鞭を振るった。馬車がゆっくりと動き出し、イアンは窓を開けて玄関扉の前に使用人とオリヴィアが立っていた。オリヴィアは優しい微笑みを浮かべて自分を見送ってくれている。 「行ってきます、オリヴィア──今日も愛しているよ!」  ──笑みを浮かべて手を振るオリヴィア。でも、気のせいだろうか……哀愁を感じる。   (やっぱり何か気にかかる──)    イアンは後ろ髪を引かつつも、馬車の中で揺られながら自分の職場である軍本部、国軍経理課へ向かった。
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