結婚記念日 二日前

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 腕を上げて服越しに背中へ触れる。オリヴィアは首と背中が見えるドレスは纏わなかった。服の下に醜く、見るに堪えない傷があるから──。姉妹達はオリヴィアに暴力を振るい……罵倒した。それを知ったアンは激昂し、義姉妹達へ会い行こうとする。しかしそれを止めたのはオリヴィア本人だった。 『白髪を助けたら、父上に進言するわ! あんたの任を下ろさせろ、って!』  高々にそう叫んで、お母様から「キレイね」と褒められた髪の毛を掴まれ、肩まで伸びた髪を鋏で乱雑に切り刻まれた。ある時は、火で髪を炙られた事もある。特に同じ歳だった第五側室の妹の仕打ちは酷かった。  それでも、アンは私を助けようとしたがオリヴィアは泣いて縋った。 「止めないで」  アンにまで居なくなられたら、私は本当に一人になっちゃうから。 「思い出すのは、やめ、よう……」  キリがない。つい悪い方へ思考がいってしまうのは悪い癖だ。  オリヴィアは頭を横に振りながら、フーッと長い息を吐いた。  ──帝国で最後に大笑いしたあの日の晩を……オリヴィアは覚えていた。あの庭で十七歳だったイアンと出会い、月光の下でダンスを踊った事を、彼女の中で一番の思い出として。  その思い出をオリヴィアは結婚記念日の日に、イアンに語るつもりだ。  彼の事だから、きっと黙って聞いてくれる筈だわ……。  あの思い出は帝国で辛い目に遭い続けたせいで埋もれてしまっていたけど、帝国の追手から貴方に助けてもらった時、イアンの目を見て、埋もれていた記憶が一気に溢れてきたって。   『初めて同士、一緒に踊らないか?』 『俺と踊って下さいませんか? お姫様』    右手を差し出して、私を見上げる金色の瞳に吸い込まれそうだった。  あの時の貴方(イアン)の笑顔はキッカケで、貴方(イアン)の微笑みで落ちた。  ──イアンに明かし……私は彼に告白をする。 『貴方(イアン)は初恋の人でした』  ずっと、貴方(イアン)に隠していた私の秘密。それを結婚記念日の日に打ち明けて──最近自覚した想いも一緒に伝えるつもりだ。 『私はイアンを愛しています』  私は結婚記念日の日に、イアンの気持ちに初めて応える。  イアンから貰うばかりで、一度も返事をした事がなかった。彼は初恋の人でも、今は好きではないと思っていた。イアンのプロポーズの言葉は、 『オリヴィア、私は貴女を愛しています』 『オリヴィアより先に死にません。貴女を一人にしない』    ──だ。  それから──。    イアンと再会した日、彼は身に着けていた剣と銃を足元に置いて、軍服のズボンの裾を上げ隠していた短剣を床に置いて身軽になった。その後イアンが私に誓った言葉がある。 『貴女を傷つけません』 『オリヴィア。貴女に心からの忠誠を誓う事を許して頂きたい』 『わたくしを信じて頂きたいのです。わたくしは決して貴女を傷つけない。その事をまず知ってもらいたい』 『わたくしは騎士ではなく、軍人です。しかし、オリヴィアに信用して貰うにはこれしかないと思い貴女に騎士の誓いをさせて頂きたい』 『決してオリヴィアを傷つけません。オリヴィアを傷つけるもの全てからお守りする事を誓います。わたくしはオリヴィアの剣であり盾です。オリヴィアに一生を賭けて忠誠を誓います』  イアンは剣を鞘から抜き出して、私にそれを預けた。真剣な眼差しに負けて、剣を受け取った私はイアンから剣の刃を肩に置き、こう言うように、と言葉を伝授される。  イアンの言う通り、私はイアンの肩に剣を置き、息を吸い込んだ。 『裏切る事なく、誠実であれ──許、します』  唱え終わるとイアンは向けられた剣の刃に口付をした。口付をしながら流し目で私を見るから、ついドキッとして手が震えてしまった。彼の唇を斬ってしまわないか、怖かったけれど……その姿が神々しくて、私は知らぬうちにその姿に見惚れていた。      ──イアンのプロポーズの言葉と私に誓った騎士の誓い。  お母様やワンちゃんに私が知らない間に逝ってしまって、イアンの「私より先に死なない」というプロポーズは「愛している」という言葉よりも安心出来た。そして、イアンは誰よりも強い軍人だった。命を狙われたしても、自分で対処が出来る程強い男性だ。病気だって簡単に罹らない。  騎士の誓いは、アンを見ているから、それが決して裏切られない事をオリヴィアは知っている。アンは私を傷付けない。オリヴィアに常に忠実な彼女の「お母様が月へ行った」という嘘は、オリヴィアに母親の亡骸を見せる事を憚った為だった。  イアンもアンと同じように私に誠実で忠実な筈。  イアンは私に騎士の誓いを誓ったあの日から、ずっと忠誠を誓ってくれている。決して破られる事はない、誓い──……。
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