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信用に値する、って思った。
だから、オリヴィアは彼の手を取った。
金に銀と白色金属を組み合わせたホワイトゴールドの指輪をイアンに薬指に嵌めてもらった。白いダイヤモンドの宝石が雪解けのような眩さで、オリヴィアを照らした。
──こうして私たちは夫婦になった。
イアンはオリヴィアを「愛している」と毎日愛の言葉をくれる。でもオリヴィアはそれに応えない。それでも彼は嫌な顔はせず、愛の言葉を囁いてくれる。
『愛』ではなく、契約で結ばれているだけ。そこに愛はない。
彼の傍に居て、安心感や満足感は感じていても、笑った顔が愛らしいと思っていたとしても。
彼に触って欲しい、彼に触れたいとか、そういった気持ちは一切なかった。
だって、オリヴィアは男性が怖かった。恐怖の対象だった。それなのに、彼を怖いと思わないのは、彼との約束のお陰だからだと思っていた。騎士の誓いで『貴女を傷付けない』と言ってくたれから、彼は信用できる。大丈夫──……。
結婚したと同時にオリヴィアはアンと共にイアンの屋敷に引っ越した。オリヴィアの部屋は隣の寝室と繋がっていて、本来夫婦は隣の寝室で夜を過ごさなければならない。でも、彼はオリヴィアの気持ちを汲み取って「一人で寝ても大丈夫」と言ってくれた。
「オリヴィアが嫌がる事は決してしないから」と彼は言った。
その言葉を、オリヴィアは信じた。オリヴィアは男性が苦手だ。男性と同じ部屋で眠るなんて、あり得ない──。
それにも関わらず、オリヴィアは結婚式初夜、寝室に一人で帰ろうとした彼の袖を引っ張って呼び止めた。
『寂しいから、抱き締めて眠って欲しいの。背後から……ギュッ、って』
何故、一緒に寝てほしいなんてお願いをしたのか。彼は決して、私を傷付けないという自信があった。アンと同じように、忠実で誠実だから。
『アンは、お母様の役割を奪う訳にはいかない、って言って一緒に寝てくれないの』
上下関係をはっきりさせるアンは、オリヴィアに対して優しさはあるが、あくまで自分が仕える人間として接してくる。寝かしつけてはくれるが、一緒のベッドで眠る事は、仕える身として「してはいけない事」とアンは頑なに一緒のベッドで眠ってくれなかった。オリヴィアが、どんなに寂しくても。
『お母様はそうやって一緒に寝てくれたわ』
戸惑っていたイアンに『お母様は』と言うと、彼はやっと承諾してくれた。
『手は、お腹の上ね。お母様はいつもそうしていたから』
背後で横たわる彼の手を取って、自分の腹の上に置かせた。──とても、安心できる。お母様よりも大きな手だけど、何があっても守ってくれる、という安心感は同じ。
『おやすみなさい』と頭上から聞こえる声、その時に髪の毛に当たる静かな吐息──低い声はお母様とは違うけれど、その吐息を感じて「私は一人じゃない」と思えた。心地良い寝息は安らぎを与えてくれる。
毎晩欠かさず、二人同じベッドで寝ている。私より低い体温、私とは違う同じ石鹸とシャンプーの香り。ホワイトムスクの清潔感のある石鹸の香りが鼻先を掠める。暑い夜でも、彼は抱き締めて眠ってくれる。夏は汗の香りもするけど、それを一度も不快だと思った事はなかった。結婚記念日の夜はジャスミンの入浴剤に浸かるから、イアンから私と同じ甘い匂いが香る。
彼から与えられる安心感と満足感、安定感、信頼感、充実感、幸福感──全部、全部、ぜーんぶ、イアンのプロポーズの言葉と騎士の誓いから得られるものだとばかり思っていた。
でも……自分の気持ちを自覚した時、満足感、安定感、信頼感、充実感、幸福感を得ていたのは、イアンを愛している、からだった。不思議とその言葉はストンと胸に落ちてきた。イアンと再会してから今日まで、ずっと彼の事を好きだったのだ。
──それを二カ月前にやっと気が付いて、オリヴィアはイアンに自分の想いを告白する事に決めた。
その想いをイアンに告白する為に、オリヴィアは『黒い犬』『花冠』『リンゴ』を欲したのだった。
この三個をイアンの前に出しながら、あの時どう感じたのかを告白して、今、私はこんな風にイアンを想っている、のだと大告白をする。イアンが毎日欠かさず愛を囁いてくれるから、私もどれだけイアンが大好きかをプレゼンしなきゃ。
だがしかし。
オリヴィアの計画は今、頓挫していた。『黒い犬』を手に入れる事が出来なかったからだ。
まさか、何でも私に買い与えてくれるイアンが断るなんて微塵も思っていなかったのだ。
『犬は粗相をするから、飼わない』
初めてイアンに拒絶された。
ショックで、イアンが仕事へ出掛けて一人になってからオリヴィアはベッドへ俯せに倒れて泣きじゃくったのだった。それを冷めた目で「離婚しましょう」と言ったアンの言葉は無視をして、オリヴィアは「我儘を言って嫌われたかも」と思い悩んだ。あんな風にイアンから冷たくあしらわれるのは初めてだった。
多少大袈裟な気もするが、そう思ってしまう程、イアンはオリヴィアの意見に反対をしないし、彼女に対して絶対的イエスマンなのだ。
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