結婚記念日 二日前

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 オリヴィアにしか興味がないイアンは彼女以外の女性への対応が分からず、サーレンを見本にした。お陰で物腰が柔らかく、話しかけやすい雰囲気を作り出す事に成功したが経歴のせいで誰も近寄りたがらない。そんな中、教育係に任されたシェルフだけは、任された責任もあってか遠巻きにする事はなく積極的に話しかけてきてくれた。一度も誘いに乗った事はなかったが、イアンを恐れる事はなく最初に飲みへ誘ったのはシェルフだ。彼がイアンに頻繁に話しかけ、イアンがそれに対応するのを見て、他の経理課の人間達もイアンに言葉をかけてくれるようになった。この空間に居やすくなったのはシェルフのお陰だとイアンは感謝している。 (きっと、彼は元から面倒見の良い男なんだろう) 軍の階級はイアンの方が上だ。それにシェルフは年下でもある。上下関係が厳しい軍隊でシェルフのような先程の態度は許される事ではないが、イアンは気にしなかった。ただ、真面目に意見を述べてくれる彼は良い男だ、と思った程だ。  だから、彼に相談をしようと思った。彼の事だ、真面目に話を聞いてくれるだろう。  シェルフはイアンとの会話に一旦区切りがついたと思って椅子に座り直した。それから、ペンを取り、請求書作成の続きに入ろうとするとまたもやイアンから話しかけられた。──のだが……質問の意図が分からなかった。 「本ってなに?」 「妻をモノで釣らない方法、っていう本だ」 「ん?」  シェルフは首を捻った。イアンの目は至って真剣でふざけた事を言っているように見えなかった。 「シェルフの話を聞くと、俺が読んだ妻を喜ばせる為には、まず貢ぎ物をしろ、という本は間違いだった、って事だ。否定はするな、って本も」 「おぉ……?」 「モノで釣らず、貢ぎ物はせず、どうやってオリヴィアを喜ばせるか知りたい」 「そんな本……」 (あるか……? そんな事よりこいつは、本を見て勉強してんのか? っていうか、妻を喜ばせる為に貢げとか、どんな本読んでんだ)   「そんなの歴代の彼女から学べば良いじゃん。何をしたら喜んだとか覚えてるだろ?」 「俺はオリヴィア一筋だ。オリヴィア以外の女の事なんて知らん」 (その言い方って……オリヴィアちゃん以外と経験した事ないって事? 四年前まで童貞だったの?)  イアンが陸軍時代から本基地内で女性兵士から声を掛けられている姿をシェルフは何度も目にした事があった。当時は愛想がなくても、実力があって、男前とあれば当然の事だと思う。しかしイアンは据え膳を食わなかった。冷たくあしらう姿を何度も目撃した事がある。 (……って事は本当に)    疑惑が脳裏に浮かんだが、シェルフは首を横に振った。   (こんなイケメンが、経験人数一人とかの筈ねぇよ)  僕が知らないところで、遊んでいる筈だ。 (でも、オリヴィアちゃん命だからな……あり得るのか……?)  でも、まぁ……一途って事だよな。悪い事じゃない。 「無駄な筋肉だな……」とシェルフは思ってしまった。その肉体にその顔面でモテまくるなら、僕は沢山の女の子と遊ぶ。 「本はあるのか?」  イアンに再度訊ねられて、シェルフは腕を組んで考える仕草をした。それから、 「オリヴィアちゃんを喜ばせたいのって、モノ以外で、って事だよな? イアンは言葉で伝えてるけど、それが功を成していないんだよな?」 「成していない」  イアンから落ち込んだ声音でそう言われてしまい、シェルフは気分を変える為にコホンと咳き込んだ。 「二人は夫婦だから、言葉よりも伝わる方法なんて沢山あるだろ? それはどうなんだ? 頻度は?」  「だから、それはなんだ。教えてくれ。そして頻度ってなんの頻度だ? 俺がオリヴィアに愛を告白する頻度か?」 「いや、言葉より伝わる方法、って言ってんじゃん。夫婦なら二人でやる事あるだろ」 「あー……チェス?」 「なんでチェスだよ」  思わず突っ込んだがイアンの顔に「意味が分からない」と書いてある。  シェルフはシェルフで「言葉で伝わらないなら体で語り合うじゃんか、即ちセックスだよ、それはお二人さん、ちゃんと出来てんの?」なんて訊けないだろ、職場なんだし、悟れよ……とイアンの鈍さに若干苛つき始めていた。  しかし、イアンにシェルフの言いたい事が伝わっておらず、シェルフは「しょうがねぇ」と吐いた。──こいつは、はっきり言わないと伝わらないタイプなんだな。 「言葉で伝わらなきゃさ」とイアンの耳に小声で呟いた。
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