結婚記念日 二日前

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「身体でコミュニケーションを取るんだよ。セックスって意味! ベッドの中だと聞き辛い事とか訊けたりするし、素直になったりもするもんだろ? 相手に対してもっと愛情が増すだろ? そう言ったコミュニケーションはどうなんだ、って訊いてんの、俺は! そういうのでイアンは喜ばせているか? 一方的になったりしてないか?」  と小声で早口で伝えてみる。  言い終わって満足して息を洩らしてからイアンの横顔を見ると、ポカンと間抜けな顔をしていてシェルフは面食らってしまう。何故、ここで間抜けな顔をするんだ、お前は。 「おい」と呼びかけると、反応がない。暫くイアンの様子が戻るのを待っていると──ゆっくりとイアンの顔がシェルフへ向いた。彼は──青褪めていた。それはもう、真っ蒼に。 (図星だったのか? 一方的なのか……?)    その体格で向かってこられると、怖いよな……とオリヴィアに勝手に同情しつつイアンに声を掛けた。 「どうした、大丈夫か?」 「俺はオリヴィアが嫌がる事は一切しない」 「おう」 「ふしだらな事はしない」  きっぱり言い切ったイアン。  頭に疑問を浮かべるシェルフ。 (嫌がる事はしない、って事は……今も拒否しているって事だよな……? て事は、清い関係じゃん)  イアンはオリヴィアちゃん一筋、さっきの言動から女性経験はない……と予想される。  イアンの女性に対しての振る舞いがサーレン元将軍のように紳士的だったのは、単に真似たんじゃ──……扱いが分からないから。 「本の話に戻ろう。妻を喜ばせる為の本はあるか?」 「『女性の扱い方』って本に詳しく書いてある」 「雑念が入るから読んだ事はない」 (睦事のハウツー本だけど、それを読んだ事がない……)  初心者用の教本を読んだ事がない……って?  ある疑惑が頭の中をグルフル回っているからだ。 (え、まさか、本当に? Dのつく?)  え?  本当に()()なら、「無駄な筋肉だな……」と思ってしまった。それと、良く「可愛い嫁の前で我慢できるな……」とも思った。   「あるのか? ないのか?」 (そう聞きたいのは僕だよ) 「聞いた事ないかな……」  そう言うとイアンはひどく残念そうな表情を浮かべた。表情を見せられたら、訊ねられる筈がない。 「ちなみにシェルフは今まで何をして喜んでもらえた?」 「僕の話……? 僕はそうだな」  付き合った人数が多い訳ではないが、歴代の彼女に何をして喜んで貰えたかシェルフは思い出そうとした。初めての彼女には手料理を振舞ったっけ……。でも、そんな記憶も「イアンは童貞……?」っていうのが離れてくれず、イアンに上手く思い出を語る事ができなかった。 「僕、独身だからさ、結婚をしている人に聞くのが一番じゃないかな……恋人の喜ばし方しか僕はしらないし。た、たしか、ユング将軍って結婚歴長いよね。イアンの屋敷に奥さんが勤めてるんじゃなかった? 将軍に長い婚姻生活を過ごす為のコツとか訊いたらになるんじゃ?」  そう言ってシェルフはユングへ丸投げした。  すると、イアンは「将軍に聞くのは良い案だな」と納得してくれて胸を撫で下ろす。  ドッと疲れが出て、シェルフはこの日仕事が全く進まなかった。  ♦    その昔、ネロペイン帝国は直接スェミス大国に手は出さなかったが、代わりに支配下へ置いていた国の軍隊を利用しスェミスと同盟を結んでいる国へ侵略させていた。スェミスは同盟国を侵略から防衛する為に援軍を出し、帝国と直接ではない戦争を繰り広げてきた。帝国は他国を利用し、またスェミスへ直接手を下さずにスェミスの豊富な資源を狙い続けた。  帝国と戦争を長年し続け直接武力衝突はなかったものの、それが五年前、直接武力衝突をして、帝国は滅亡する。それから五年経過するが他国で小さな小競り合いはあるものの、今は大きな戦争もなく平和を保っていた。もう五年もスェミスの軍隊は戦地へ赴いていなかった。  そんな平和な時代の将軍となったユングは、どちらかと言えば身体を動かす方が好きだ。頭よりも身体を動かす方が得意である。しかし現状は自分が苦手とする事が一気に己に圧し掛かっていた。国軍の最高指導者と言っても平和な世の中になって指揮する戦争がまずない。書類整理に、他国と軍事防衛に関する政策や調整を行い外交──全て好きじゃなかった。外交はまだ良い、酒が飲めるからだ。でも書類に印鑑を押すのは苦手だ。押しても押しても次々と書類が持ち運ばれてくる。 (サーレン将軍はあの時代を顔色一つ変えずに全部こなしていたから、やっぱり素晴らしい方だった)
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