結婚記念日 二日前

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 俺だって、身体を小さくする努力はした! が、出来なかった……! 筋肉を小さくする為にジョギングと水泳を始め無駄な筋肉を落とそうとした──だがしかし、無駄な筋肉なんてなかった! ただ肺活量が強くなっただけだった……!」 「お前……筋肉を小さくしようとしたのか?」 「馬鹿な事をしてるな」と呆れて声に出すと、イアンの大柄な身体を縮めてフルフルと震え出した。 「オリヴィアとの体格差を見れば、まるで巨人と妖精! それを少しでも人間と妖精に見せたくて」 「巨人と妖精の体格って俺とターニャはどうな」 「きっとこれも離婚される理由なんだ! 俺が可愛くないから!」  る、まで言わせてもらえずユングはそのまま口を閉ざした。  揶揄うつもりで「嫁がイアンと離婚したがっている」と軽い気持ちで言ったら、受け取り側がここまで激しく取り乱すとは思っていなかった。ユングはぐしゃぐしゃに前髪を掻き乱し我を忘れてしまっているイアンを見て「もう手遅れだな」と肩を竦めた。そのまま背中をソファーに沈め、半狂乱の元部下を暫く眺める事にした。  自分の軽い発言のせいでイアンがこうなってしまったのだが、ユングは誤解を解く事はしなかった。要は面倒臭くなったのである。 ♦     スェミス大国の陛下──イアンの兄から賜った屋敷にイアンとオリヴィアは住んでいる。  玉座の間でロイドから結婚の許可を貰ったがオリヴィアがまだ結婚が出来る年齢には達していなかった。  オリヴィアが十五歳を迎えるまでの一年の間に屋敷は急ピッチで整備され、家具が次々と用意され人が住める状態となっていった。それから身元が確実な人達をイアン直々に厳選して使用人を雇いいれた。屋敷はたった半年で人が住める状態となり、若い夫婦を支える使用人達が揃った時、オリヴィアはイアンから使用人達を一人一人丁寧に紹介された。緊張したものの、皆からは朗らかで優しそうな印象を受けた。最後に紹介されたターニャは表情を崩さずオリヴィアは一番緊張したものの、挨拶の締めで「これから宜しくお願いします」とフワッと笑った笑顔を見た時、皆と仲良くやれそう、と思え、それからターニャを好きになった。だって、その笑顔が十七歳のイアンの笑顔に似ていたから。  屋敷内を紹介され、庭園も案内された時、噴水の周囲だけ寂しい雰囲気だったのがオリヴィアは気になった。そこだけ空の花壇で土だけだったからだ。  その場所の正体を知ったのは、イアンから屋敷を案内されて三日後の夜だった。  「今まで出来なかった事を体験させたい」というアンの想いの元、オリヴィアはアンに連れられて首都の劇場に訪れた。  夜だと言うのに観劇に訪れている人が多く、熱気が溢れている人を見る事に夢中になって観客席へ向かっていると、貴賓席の出入り口前に見慣れた男が立っている事に気が付いた。どうやら向こうもオリヴィアに気が付き、男は微笑みを浮かべてから会釈をした。 「サーレン閣下」    ドレスの両端を摘まんで会釈をすると頭上から低いけど穏やかな声音が降りてきた。   「私はもう将軍を引退しましたから閣下ではありませんよ」 「では、なんとお呼びしたら……?」  ゆっくりと顔を上げたら、声と同じ雰囲気を纏うサーレンがいた。  彼はスラリとして背が高かった。体格が良いイアンを見ているからか小さいように感じていたものの──イアンよりも高い位置に目があるような気がする。それでも男性なのに「怖い」と思えないのは、柔和な顔立ちは男性を思わせないし、決定的なのは、自分と同じ琥珀色の瞳をしているからなのかもしれない。  オリヴィアがサーレンと初めて会ったのは、イアンが帝国の追っ手を追い払った後だった。疲弊して歩けなかった自分をイアンは抱き上げたまま隠れていた宿屋から外へ出ると、ちょうど馬から降りたサーレンと鉢合わせた。イアンの応戦として駆け付けたのに、帝国の兵士を全員倒したイアンに驚いていた事をオリヴィアは覚えている。その時に、自分と同じ琥珀色の瞳を初めて見た。 「そうですね。今の私は()()()サーレンなのでサーレンとだけお呼びください」 「そんな、呼び捨てなんて出来ないです」  オリヴィアにとってサーレンは夫になるイアンの勤務先の元長だ。それもただの長じゃない、大国の防衛を司る組織のトップに立っていた人である。そんなサーレンを呼び捨てなんて出来るわけがない。それにサーレンはカイロ領の新領主として赴くのだと聞いた。それは彼の今までの実績を見れば当然で、彼だからこそ万が一の事が起きた場合、新ネロペイン帝国とスェミス大国の国境を防衛する事が出来ると両国の長から認められたのだ。
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